独立を勝ちとるまでの多難なベトナム史 ~フランスからの独立、そしてアメリカとのベトナム戦争へ~

前回の特集「ベトナムに進出する」はこちら

植民地ベトナムのフランス支配と、反フランス抵抗運動

約1,000年の間、ベトナムは、中国の王朝に侵略をされ続け、これを撃破し続けた歴史を刻んだことは、前回の発信で語った。この中国の侵略に抵抗をつづけたベトナムも、19世紀後半に、やってきた黒船「フランス」の圧倒的な軍事力には抵抗しきれなかった。

そして、1885年。ベトナム全土は、フランスの植民地となる。

それまでベトナムを執拗に侵略し続けた中国の清は、イギリスの前に屈服し、ベトナム南部の鼻先にあるシンガポールは、イギリス大英帝国の貿易基地となっていた。欧米列強は、アジアを植民地として分割しはじめたのである。

中国 清はイギリス、ベトナムはフランスに屈服したのだ。

フランスは、言うまでもなく、フランス革命で絶対王政を破り、「自由・平等・博愛」の精神を人権宣言で掲げる近代国家である。しかしながら、それは、あくまでもフランス本国のことである。

本国より遠く離れた植民地ベトナムのフランス支配は、極めて苛酷で、差別的なものだった。

中国の侵略を受けつつも、その文化を吸収して中国型社会を形成するという、陰影のある複雑な性格を形成したベトナム人たちは、ここでもまた、フランスに侵略をされながらも、フランス式の「すべての人間は自由であり、かつ権利において平等なものとして生まれた」という、フランスのメッセージを受容したのである。

そうであるなら、何故、フランスは、理念では崇高で、現実は野蛮な植民地支配を続けるのか?

中国とさして変わらぬ、フランス人たちによる、全土に及ぶ略奪・強姦・放火などの野蛮な行動に無抵抗な庶民は惨禍に耐えるだけであった。しかし、ベトナムには、中国式の官僚制度が生み出したベトナム人エリートがいたのである。彼らは、フランスの理念を吸収し、そこからベトナム民族の解放を唱える反フランス抵抗運動が巻き起こってくる。

一方、世界に目を転じる。20世紀前半の、大戦の嵐に向かって世界は歴史を刻んでいた。

1917年。ロシア革命が成功。世界にソビエト連邦という、はじめての社会主義国家が出現した。プロレタリアート独裁を掲げ、資本家との階級闘争が、唯物史観上の歴史の必然と唱えたマルクス主義を基礎にした、はじめての社会主義国家が、エンゲルスの実践主義によって、ベトナムの遥か北に誕生したわけだ。

続いて、1919年のヴェルサイユ講和会議で、ウィルソン米大統領が提唱した「民族自決」という理念が、フランスに抵抗するベトナムに大きな影響を及ぼした。

このような世界史的な背景の中で、対フランス抵抗運動は、マルクス主義と、民族主義という、20世紀を貫くイデオロギーの様相をまとって展開することになる。

そして、その中心に躍り出てくるのが、現代ベトナムで、その存在を切っては語れない、ホー・チミンなのである。

ちなみに、筆者は、とある大学でグローバル企業の経営者として講演をした後、学生との交流会で、ある女子大生から、「ホー・チミンって、街の名前はヒトの名前だったんですね! 今日はじめて、知りました(^^)/」と言われ、苦笑した記憶がある。

フランスからの独立戦争の勝利

欧米列強による世界の植民地化は、その欧米列強の内部(当時、アジアで唯一の列強側に入りつつあった、大日本帝国も含む)の闘争によって、崩壊に向かう。

1929年に世界を襲った、アメリカのウオール街発の世界大恐慌は、レッセフィエール(自由放任主義に基づく小さな国家理念)の限界を露呈させた。この、人類史はじまって以来、初の世界同時恐慌を乗り切るため、世界の欧米列強は、いくつかの極に分裂をはじめる。

まず、イギリス大英帝国・フランス・スペイン・ポルトガル・オランダなどの「植民地勝ち組国家群」は、その植民地をブロックして、ブロック経済圏を組み、そのブロック内だけの生き残りに向かった。

一方、レッセフィエールの限界に気づいたアメリカのルーズベルト大統領は、イギリスの経済学者ケインズの理論を採り入れた、総需要管理政策を打ち出し、壮大なニューディール政策を実行に移して、強国アメリカの礎を築く道に進む。

ソビエト連邦は、スターリンのもと、世界にプロレタリア同時革命を目指して、虎視眈々と拡大の機会を狙い、動いている。

そして、ここに取り残された第一次世界大戦の大敗組ドイツは、ナチズムという虚構の政治体制を、愚衆民主主義を利用して作り上げる。大日本帝国は、軍部によるクーデターを引き起こし、南方の資源を求めて、大東亜共栄圏構想のもと、ドイツのヒトラー、イタリアのムッソリーニと三国枢軸同盟を結び、勝ち組各国に、大戦を仕掛ける。世界は、第二次世界大戦という、人類史上最大の世界大戦に向かう。

1945年。最後まで、一億総玉砕という、戦略をすべて喪失した「自殺行為」を天皇陛下の玉音放送でかろうじて終結させた、大日本帝国が崩壊。第二次世界大戦の最後の戦いである、太平洋戦争が終わった。

この世界が疲弊しきったタイミングを見計らい、動き出したのが、ベトナムだった。ナチスドイツと、ムッソリーニイタリアを両眼で睨み、消耗戦でようやく勝利したフランスが弱体化しているのを見て取ったホー・チミンは、ここで、独立闘争を活発化させ、勝負にでる。

1946年、ベトナムは、フランスと第一次インドシナ戦争を開戦。そして、1954年、ディエンビエフーの戦いでフランスを完膚なきまでに叩き、ついに、フランスを、敗戦で撤退に追い込む。ここに、ベトナム民主共和国が成立し、ベトナムは独立を勝ち取った。

ベトナム戦争への道

しかし、ベトナム民主共和国の独立には、多難な道が待っていた。戦場で勝利したベトナムを、国際社会が承認しなかったのだ。フランスが去った後の南部ベトナムに進駐してきたのは、日本を占領して急速に国力を増強するアメリカだった。このアメリカの勢力に対抗するためには、ベトナム民主共和国はソ連か、中国を頼るしかない。

しかし、ベトナム民主共和国が頼りにしたソ連と中国は、当初、アメリカとの戦争突入を恐れてベトナムでは、極めて消極的な態度を維持した。

ホー・チミンは、アメリカの力を牽制するため、インドシナ問題解決のために開催されたジュネーブ会議で、北緯17度線を軍事境界線とし、その位南にフランス軍の駐留を認めた。しかし、アメリカは、このフランス軍の駐留やベトナム民主共和国の存在を不服として、この会議の協定の署名を拒否した。

ホー・チミンは、アメリカとの対立に備え、ソ連に外交工作を展開し、ソ連と近づいた。

ホー・チミンという政治家は、その生涯の動きを見る限り、民族主義者であって、決して、共産主義者ではないように見える。ただ、ホー・チミンが、ソ連を後ろ盾にしたのは、ベトナム民族独立に対する、フランスやアメリカの否定の姿勢の中での、政治的なパワーバランスを得るための策ではなかったかと、私は思うのである。

このホー・チミンの動きに対して、アメリカも動く。

南部に、ゴ・ディン・ジェムを大統領としたベトナム共和国を、1955年に建国する。

ソ連が後ろ盾になる、北のベトナム民主共和国。
アメリカが後ろ盾になる、南のベトナム共和国。

第二次世界大戦以降、最悪の戦争 ベトナム戦争へのシナリオが動き始めた。

現代アメリカの、最大の外交戦略のミスは、ベトナム共和国のトップに、ゴ・ディン・ジェムを据えたことだった・・・。これは、今、アメリカ人が、自国の歴史を学ぶ中で、感じることだ。

北のホー・チミンに対し、南のゴ・ディン・ジェムは、あまりに無能な政治家だったのだ。
アメリカが、ジェムを推したのは、彼がカトリック信者であったからであった。そのジェムが、こともあろうに、自分の宗教的な理由から、ベトナム最大の宗教勢力である仏教徒の弾圧をはじめたのである。この弾圧に無抵抗の抗議を示すため、ベトナム各地で、僧侶たちの焼身自殺が行われた。僧侶が自ら火だるまになり、ジェムと、ベトナム共和国、そしてその後ろにいるアメリカに無抵抗の抗議をしたのである。

事態は、更に最悪な方向に向かう。この僧侶たちの焼身自殺が、世界に報じられ、国際的な世論が、反ジェム・反米に向かう最中。

ジェムの弟で、ベトナム共和国の人民を弾圧する秘密警察の長官であったジェムの弟、ゴ・ディン・ニューの妻が、僧侶の焼身自殺を鑑賞しながら、それを「人間バーベキュー」だと嘲笑ったというニュースが、世界を駆け巡る。

ジェム体制は、この事件で、完全に、ベトナム人民と世界の世論の支持を失った。世界の世論が、急速に、ジェムとその後ろ盾のアメリカへの反感に代わった。流石のアメリカも、この時点で、ジェムを見限った。そして、南ベトナムの内部で、クーデターが勃発することを、黙認した。

そして、ベトナム共和国は、無政府状態に陥った。

ホー・チミンは、この機を捉えて動く。ソ連の強力な軍事的な支援を取り付け、南に軍を進めた。アメリカは、それに引きずりこまれる形で、ベトナムに直接、軍事力の投入を決めたのだ。

アメリカにとっての悪夢 ベトナム戦争、開戦である。

アメリカ現代史上、最悪の戦争で、今なお、その傷跡をアメリカ社会に残す、ベトナム戦争が、こうして、勃発したのである。

続く

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