特集「ロシアビジネスをあえて今、考える」

この特集は、2022年8月、ロシアがウクライナに侵攻して半年が経過したタイミングで立ち上げています。

ロシアは、欧米諸国からの経済制裁真っただ中にあり、到底、この状況の中で、ロシアとのビジネスを日本企業がスタートできる環境にはありません。

そんな最中に、あえて、「ロシアビジネス」と題した特集を組むのは、なかなかに冒険的な試みです。

では、なぜ、この時期に、「あえて」ロシアビジネスに関する特集を始めたのでしょうか?

それは、ロシアのウクライナ侵攻を前にして、日本人が、あまりにもロシアのことを知らなすぎると僕が感じたからです。

僕自身、ロシアビジネスの専門家ではありません。

僕の投資する企業集団 URVグローバルグループも海外オフィスを、ロシアの隣国 エストニアの首都タリンに、欧州ビジネスを睨んで設置していますが、ここも、ロシアビジネスの拠点ではありません。僕自身、ロシアとのビジネスを、こうしたら成功する、というノウハウまで、完全に、今、持っているわけではありません。

しかし、では、ロシアやロシア人のことを知らないかというと、そんなことはありません。おそらく、一般の日本人よりも、随分、ロシアを知っており、かつ、ロシアのことを深く考えていると思っています。

著者情報に書いている通り、僕は、ソ連が崩壊する寸前の、1989年に、ベルリンの壁の崩壊後、非常に苦労してソ連へのビザを取得し、単身、ウラジオストックからソ連に入国。

そして、連日、マイナス20度を下回る極寒の冬のソ連を、シベリア鉄道で横断し、モスクワに入りました。現在のロシアでは、このルートは、7泊8日程度で旅することができますが、当時、僕は40日をかけて、凍傷と闘いながら、この旅をしたのです。

僕が、大学3年生のときです。

日本は、バブルの最中にあり、僕の友人の大学生たちは、クリスマスイブに必死に彼女のために贈り物をし、アッシーくんや、メッシーくん(バブル時代に一世を風靡した死語です)になりはてていた、浮いた時代。

その時、僕は、学生時代を通して仕事をしたカネをすべて持ってソ連にわたり、シベリアの深い森や、広大な原野にたった一人で立ち、極寒の凍土をみながら、20世紀の人類の壮大な実験だった社会主義・共産主義が、何故、崩壊したのかを考え続けていました。

その間に、僕は列車の中、あるいは宿泊先や街で、多くのソ連の人と出会い、片言のロシア語で彼らの話を聞きました。

この長い旅から帰国した後、1990年。僕は、日本の都市銀行に入行。銀行の社費留学で、アメリカに留学し、MBAを取得後、そのまま、ニューヨークのウォール街に残って、金融系経営コンサルタントの道に入ります。

そして、そこで、数社のロシア企業をお客様に持ち、ロシア人たちと、ビジネスのお付き合いをしながら、何度も、モスクワにビジネスで入りました。

これから書いていくロシアビジネスに関する、この特集は、そんな僕の経験を通してみた、ロシアに関するコンテンツです。

ウクライナ侵攻で、日本人にもよくわかった通り、ロシアは、決して、ロシア抜きでは、未来の世界経済はなりたたないほど、重要でかつ強大な国です。

しかし、その重要で強大な国では、帝政ロシア時代から、ソ連時代をえて、今のロシアに至るまで、強大な独裁権力が、常に、政権を握り、僕たち、西側資本主義陣営に対して、核を突き付けている国です。

この国と、どのように関わっていくか、この国と、どうビジネスをしてゆくかを、しっかりとした情報に基づいて、日本人もまた、考えておく必要のある国なのです。

そんな情報の一助になってくれればと思い、あえて、今、ロシアビジネスについて語り始めることにしました。

ご期待ください。

関連する特集

特集 シンガポール

特集 ベトナムに進出する

特集 北アフリカとサブサハラ

特集 台湾を知ろう

特集 アメリカというマーケット

特集 インドという成長エリアへ

特集 ロシアビジネスをあえて今、考える

関連記事

  1. プロローグ編 1989年冬。中央大学3年生だった僕が、崩壊するソ連を、一人で旅して考えたこと