奇跡の富裕国家 シンガポールは、どうやって誕生したか?
~その1 世界の貿易拠点 シンガポールの誕生~

奇跡の富裕国家 シンガポール

あなたは、アジアのエリアで、日本よりも、国民一人あたりのGDP、つまり富が高い国をご存知だろうか?

国民一人あたりのGDP

世界で、主に、国民一人あたりのGDPが高いのは、北欧や中東などの富裕国が上位を占める。その中にあって、世界第8位、アジアで第1位に輝くのが、シンガポールである。

ちなみに、その内情が凄まじい。

国民6世帯のうち、1世帯が、可処分個人資産100万USD(日本円で約1億2000万円)を保有している。そして、10世帯のうち、1世帯が、可処分個人資産1000万USD(日本円で約12億円)を保有している、という国だ。

つまり、小学校50名のクラスの子供のうち、5名の子供の家庭が、可処分個人資産12億円を保有しているという計算になる。

この金持ちぶりは、日本人の想像を大きく逸脱する。日本のように、国民平均所得レベルに最多の所得人口が集まる国ではない、ということがわかるだろう。

しかし、シンガポールは、中東の国家のように恵まれた地下資源があるわけではない。それどころか、国土は、東京23区程度しかなく、人口も少ない。

国土が狭く、資源もなく、人口が少ないながら、奇蹟の発展を遂げたという点でいえば、世界史的には、イギリス、そして日本が、過去の「名選手」だった。シンガポールは、まさに、このイギリスや日本の繁栄を手本にしつつ、独自の方法で、驚異的な発展を成し遂げた、奇蹟の国家だ。そして、現在、世界の優れた企業の本社が、この小国に集まっている。

この国を、観光の対象を超えて、戦略的に利用することを、日本企業経営者は、もっともっとできるのではないか、と我々は、提案したい。

「特集 シンガポール」は、この奇蹟の国シンガポールのリアルな情報を発信し、この国でのビジネス情報を、日本企業向けに継続的にお伝えしたいという意図で、編集発信する。

大英帝国の、清貿易の基地 シンガポール 前史

1819年1月28日。一人のイギリス人が、マレーシアのジョホール対岸にある小島に上陸した。この漢こそ、イギリスの東インド会社の社員であったトーマス・スタンフォード・ラッフルズ。シンガポール建設の父、といわれる漢である。

欧州の強国、ポルトガルやスペイン、フランスなどに遅れ、イギリスが大航海時代に突入し、その国策を担う形で、1600年に設立された、イギリスの東インド会社。世界初の、株式会社である。

アジアに、最初に権益を持った国家は、日本に鉄砲を伝来させたポルトガル。ポルトガルは、アジアの貿易拠点を、マレーシアのマラッカに置いていた。

続いて、オランダがアジアに進出。オランダは、ジャワをはじめとする今のインドネシアを攻略し、そこで栽培されるグローブやナツメグなどの香辛料の貿易で、莫大な利益を独占した。しかし、1795年、オランダはフランス革命の影響を受け、本国をフランス革命軍に占領される。欧州大陸全体が、フランス革命と、ナポレオン戦争で、疲弊を始めた。

この大陸諸国の疲弊による力の空白を利用して、アジア進出を推し進めたのが、当時の新興国、イギリスだ。イギリスは、シナモン・胡椒など、インドの産物を、まず独占貿易し、更に、マラッカ海峡からスマトラ島・ジャワ島・バリ島などを経由して、オーストラリアに至る巨大な大英帝国植民地建設を目指して動き出した。

しかし、1815年、フランスのナポレオン軍は、ワーテルローの戦いで敗北。オランダは、この機に乗じて、ようやく、フランス支配から抜け出し、独立した。そうなると、オランダの不幸に乗じて、次々にオランダのアジア侵攻地を奪ったイギリスと、オランダの関係は最悪になる。

イギリス本国は、オランダとの衝突を避ける外交政策を選択し、ジャワ島などの拠点をオランダに返還する。そこで、次に、当時のイギリスが、オランダとの衝突を避けつつ、目を向けたのは、極東に広がる大帝国「清」(中国)であった。

オランダがインドネシアで生産して、ヨーロッパに高値で販売していた香辛料は、ヨーロッパにおける冷蔵技術の向上により、肉の長期保存が可能になったという、技術革新のため、ヨーロッパにおける価格が下落をしていた。一方、産業革命で急増した中産階級の食事趣向の変化から、ヨーロッパでは、紅茶が流行をはじめていた。

イギリスの東インド会社は、いち早く、この環境変化に目を向けた。価格の下落をしている香辛料の大産地であるインドネシアから、茶の大産地である中国に、貿易の目標を移したのである。

そうなると、イギリスにとって、インドネシアに代わる、アジア攻略の新たな貿易拠点が必要になる。

イギリス最大の植民地 インドから、極東の清への大貿易圏構想を実現するため、新たに選ばれた中継点が、マレーシアのジョホール対岸にある小島、すなわち、シンガポールであった。

ラッフルズは、この小島に上陸すると、ジョホール王フサインと協定を締結し、シンガポールを買収。ここに、インドと清を結ぶ貿易中継戦略拠点 シンガポールの建設を開始したのである。

イギリスは、当初、産業革命で大量に生産できるようになった綿織物を中国に輸出し、中国で生産される茶を輸入しようとした。しかし、中国の絹織物は、質がよく、安価であり、かつ清が関税の自主権を持っていたため、イギリスは、対中国貿易で、大きな貿易赤字を作った。

この苦境を脱するため、イギリスは、「禁じ手」を使った。綿織物をインドに輸出し、インドからはインドで大量に栽培した阿片を清に向けて輸出し、中国からヨーロッパに向けて、茶や絹を輸出するという三角貿易である。

三角貿易

三角貿易は、一転、莫大な貿易黒字を、イギリスに齎した。

しかし、阿片は、イギリスにおいても、中国においても、ご禁制の麻薬である。中国国内には、大量な阿片中毒患者が発生した。これに激怒した中国の清の道皇帝は、林則徐を特命全権大使として広州に派遣。大量の阿片を廃棄するとともに、イギリス商人を追放した。これに怒ったイギリスと、清は、アヘン戦争に突入する。

1842年、近代兵器で勝るイギリスの圧勝で、アヘン戦争終結。

清は、対イギリスに治外法権と関税自主権の放棄を許し、香港のイギリスへの割譲、上海をはじめとする5港を開港した。今の、中国の沿岸貿易主要都市は、皮肉にも、アヘン戦争の敗戦で世界史に登場したのである。


清は、この後、西欧諸国の植民地化を許し、シンガポールは、この清を統治するイギリスの貿易中継地として、繁栄をはじめるのである。

そして、このアヘン戦争の結果を観た日本の志士たちは、危機感を募らせる。尊王攘夷思想から脱却して、明治維新の革命に成功。東京を中心とする強い中央集権国家を造り、ヨーロッパの後ろを追いかける、欧化政策を進めて中央集権国家の道を歩む。清や、朝鮮半島、そして、ついに、シンガポールに至る、大東亜共栄圏を建設する遠大な構想を抱き、軍部と財閥主導の帝国主義国家に突き進むのである。

シンガポール その優位性の源泉

では、何故、東インド会社の社員 ラッフルズは、この小島に目を付けたのだろうか?
この理由こそが、シンガポールという小さなエリアが、世界史に登場し、今なお、アジア最大の戦略拠点である、理由に繋がるのだ。

イギリスが目をつけた茶をヨーロッパに運び、インドで生産された阿片を中国に運ぶには、ヨーロッパと、インド・中国を結ぶ貿易ルートが必須になる。

世界地図を観よう。
この三角地点を航路で繋ぐためには、どのようなルートを通ればよいだろうか?

角地点の航路

現代であれば、次のようになるだろう。
ヨーロッパ→スエズ運河→中東→インド→マレー海峡→シンガポール海峡→太平洋→中国

現代でも、この物流ルートは、世界の大動脈だ。

このルートのうち、マレー海峡から中国に向かうルートでは、シンガポール海峡が最短かつ航路として最も安全である。これこそが、今でも、シンガポールが、上海と並ぶ、アジア最大の貿易港となっている所以である。

このイギリスが目を付けたシンガポールの位置の優位性は、今でも、この国の戦略的位置づけに、大きな役割を与えている。

ユーラシア大陸「扇」

この地図をみるとわかる通り、シンガポールは、ユーラシア大陸を「扇」に見立てれば、その要の位置にある。シンガポールのマリーナベイサンズの屋上から、マーライオンを見下ろす位置に立つと、それは、まさに、自分を起点に広がる、オール・ユーラシア大陸を見渡す位置にいることになる。

この位置が、その後、この非常に小さい小国が、世界の戦略的拠点に成長することに、大きく役立つわけである。

続く




本稿の著者

松本 尚典
URVグローバルグループ 最高経営責任者兼CEO
URV Global Mission Singapore PTE.LTD President

松本 尚典

  • 米国公認会計士
  • 総合旅行業務取扱管理者

米国での金融系コンサルタント業務を経験し、日本国内の大手企業の役員の歴任を経て、URVグローバルグループのホールディングス会社 株式会社URVプランニングサポーターズ(松本尚典が100%株主、代表取締役)を2015年に設立。
同社の100%子会社として、日本企業の海外進出支援事業・海外渡航総合サービス事業・総合商社事業・海外の飲食六次化事業を担う、URV Global Mission Singapore PTE.LTD(本社 シンガポール One Fullerton)を2018年12月に設立。
現在、シンガポールを東南アジアの拠点として、日本企業の視察・進出・貿易の支援を行う事業を率いている。

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