マーライオンのブランディングで、失業国家から脱却したシンガポールの戦略

マーライオンは「ブランディング」の最大効果を発揮した事例だ

僕は、経営コンサルタントとして、多くの企業の経営者を支援してきました。その中で、ブランディングが、企業の成長の躍進の原動力になった事例を、数多く創り出し、また成功の経験もしてきました。

ブランディングは、企業の成長だけのものではありません。国家もまた、ブランディングで、飛躍的な成長を遂げる場合があります。

シンガポールは、世界の国家の中でこのブランディグで飛躍的な成長をし、成功した国家の代表選手だと、僕は思っています。

そのブランディングの中心に位置するのが、おなじみの「マーライオン」なのです。

今回のコラムでは、シンガポールが国家のブランディングとして、マーライオンを生み出した、その過程と戦略をみていきたいと思います。

そして、その戦略は、同じく世界に「ニッポン」ブランドで、インバウンドに挑む日本にとっても、非常に参考になる話だと僕は思っています。

1959年に失業率10%を超えたシンガポール

シンガポールは、1965年にマレーシアから追放される悲惨な形で独立をしました。その経緯は「奇跡の富裕国家 シンガポールは、どうやって誕生したか? ~その2 シンガポール建国 それは危機感に包まれた絶望の瞬間だった」のコラムに書いています。

その独立前の1959年。
シンガポールは、マレーシアから劣等生とマークされる「お荷物」のエリアでした。

失業率は10%を超え、周辺国であるマレーシアやインドネシアから敵視される、内憂外患の状態にありました。

何故、このような事態になってしまったのでしょうか?

第二次世界大戦が終わる中、東南アジア諸国が、続々と独立をはじめました。独立した各国は、宗主国から輸入していた工業製品を自国生産に切り替え、内需に対して自国で供給を行う輸入代替型工業化戦略を採り始めます。

もともと宗主国と中国などのアジアの国家との貿易中継地として栄えていたシンガポールの貿易量は激減し、これが、高い失業率をもたらした原因となりました。

その中で、1965年に独立を余儀なくされたシンガポールは、それまでの貿易中継地という国家経済戦略では、国を維持できなくなってしまったのです。

シンガポール政府は、この問題に真正面から立ち向かいました。

貿易という「モノ」の戦略を、観光という「ヒト」の戦略と、金融という「カネ」の戦略に切り替えるという大胆な構想を打ち出し、実行に移していきました。

観光という戦略を打ち出すにあたり、当時のシンガポールがぶつかった壁は、「観光資源がない」という単純な課題でした。

日本のように、国土のあらゆるところに、自然や文化の観光資源がある国と異なり、当時のシンガポールは、観光資源がまったくない、「つまらない赤道直下の熱帯地方」に過ぎなかったのです。

観光促進局が創設され、観光のブランドの目玉になるものを創り出す計画が進められました。そこで考案されたのが、上がライオン、下は魚という、奇妙なマスコットだったのです。

シンガポールという国家の名前は、マレーシア王 サンニラ・ウタマが、マレー半島の突先にある島にはじめて上陸を果たしたとき、そのまえにライオンが現れて、その島をサンニラ・ウタマに統治することを許した、という伝説に由来します。

サンスクリット語の「ライオンの街」、「シンガプーラ」と名付けられたことから、その島をシンガポールと呼んだのです。

そして、シンガポールで繁栄した街、「タマセク」が、「海」をあらわす言葉に由来する都市名であったことから、人魚を、ライオンに並ぶ、ブランドを象徴にするアイデアがあがりました。

ライオンと、人魚。

そこで、人魚の下半身を持つライオンという、マスコットを創ろういうことになり、マーライオンのデザインが誕生したのです。

マーライオンのブランディングで、失業国家から脱却したシンガポールの戦略

世界の中で、国家をマスコットによって象徴させるという、なかなかおちゃめなことをはじめて考え出したのがシンガポールでした。

マーライオンを配置し、観光の基地とし、更に金融へと戦略を進める

観光局は、このマスコットの巨大像をつくり、水を吐かせて、マーライオン公園をつくりました。国を清潔にして、マーライオンをシンガポールの象徴とするとともに、観光の目玉としようとしたのです。

マーライオンのブランディングで、失業国家から脱却したシンガポールの戦略

その後、マリーナベイサンズや、シンガポール植物園など、観光の目玉を創っていくことで、シンガポールは、一大観光国家として、世界中のヒトを呼び寄せることに成功しました。

そして、更に、アジア最大の金融センターとして、ヒトだけでなく、世界のマネーを呼び寄せて、成功への道を歩みました。

マーライオンは、創意と企画力で、国家の付加価値を創り出した、シンガポールの出発点に位置した、ブランディング戦略の賜物だったのです。

続く

工事中のマーライオン

工事中のマーライオン[著者撮影]

本稿の著者

松本 尚典
URVグローバルグループ 最高経営責任者兼CEO
URV Global Mission Singapore PTE.LTD President

松本 尚典
  • 米国公認会計士
  • 総合旅行業務取扱管理者

米国での金融系コンサルタント業務を経験し、日本国内の大手企業の役員の歴任を経て、URVグローバルグループのホールディングス会社 株式会社URVプランニングサポーターズ(松本尚典が100%株主、代表取締役)を2015年に設立。
同社の100%子会社として、日本企業の海外進出支援事業・海外渡航総合サービス事業・総合商社事業・海外の飲食六次化事業を担う、URV Global Mission Singapore PTE.LTD(本社 シンガポール One Fullerton)を2018年12月に設立。
現在、シンガポールを東南アジアの拠点として、日本企業の視察・進出・貿易の支援を行う事業を率いている。

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