マレーシアに広がるシンガポール経済圏 ジョホール・バルの将来性は果たして?

ジョホール・バル シンガポールに隣接するシンガポール経済圏のエクステンション都市

シンガポールは、これまでのコラムでも発信してきたように、非常に小さい国です。面積は、東京都の23区程度しかありません。

シンガポールの地下鉄や公共バスに乗れば、東西南北の端から端まで、一日のうちに、余裕で回れてしまいます。その小さなエリアの中心部に、世界の金融センターとしての機能が集まり、ニューヨーク・ロンドン・上海・香港などを本拠とする企業のブランチが集中しています。そして、そのタックスヘイブンとしての魅力から、GAFAをはじめとする世界の巨大な企業が、本社をシンガポールに置いています。

そうなると、当然、シンガポールの不動産の価格はすさまじく高くなります。

これが、中国や韓国であれば、不動産が高騰し、国民が家を購入できなくなるという問題が発生するわけですが、シンガポールの場合、自国民には、公団を特別に購入できる権利が与えられております。そのため、シンガポーリアンたちは、高い不動産価格にもかかわらず、比較的、購入しやすい公団に住まって、豊かな生活を送っています。

残念ながら、僕ら、外国人は、この公団を買う権利がありません。

そのため、シンガポールで、僕たち外国人が、購入できるコンドミニアムは、まさに、「スーパー」億ションに限られてしまいます。日本円に直して、5億円もするコンドミニアムを、シンガポールでは購入するはめになります。

シンガポールに定住する場合には、終の棲家として、シンガポールにこのような家を買うオプションもありなのかもしれませんが、資産形成目的や、まして、キャピタルゲイン目的の場合、総じて、億ションは、売り抜けがしにくく、流動性リスクが極端に大きいため、賢い外国人は、あまり手を出しません。

さて、そんなシンガポールの状況の中で、外国人投資家が注目をするエリアの一つが、シンガポールの国境に接する、マレーシアの都市、ジョホール・バルです。

もともと、シンガポールは、マレーシアから追放される形で、独立したということは、「奇跡の富裕国家シンガポールは、どうやって誕生したか?その2 シンガポール建国 それは危機感に包まれた絶望の瞬間だった」で、詳しく書きました。

しかし、その後、シンガポールは、奇蹟的な経済成長をとげ、アジアの金融センターにのし上がりました。

そんなシンガポールの経済力を、シンガポール独立で手放したマレーシアは、何とか自国の富に取り込みたいと考えたわけです。シンガポールの不動産価格の高騰に目をつけ、シンガポールに投資をしてくる外国人や外国企業の投資マネーを、何とか、自国に取り込む戦略に出ました。

そこで、誕生したのが、シンガポールに隣接する、マレーシアのジョホール・バルを、都市化する開発計画 「イスカンダル計画」です。

この名称、明らかに、ジャパンマネーを意識しています。

「イスカンダル」とは、松本零士氏のアニメ 「宇宙戦艦ヤマト」で、ガミラス帝国の攻撃を受けた地球を救うため、放射能除去装置のある、イスカンダルへ向けて、宇宙戦艦ヤマトが飛び立つ目的地の名称と同じです。

「人類最後の希望」の地として、「宇宙戦艦ヤマト」では描かれています。

勿論、マレーシアのイスカンダル計画は、このアニメから名前をとったわけではありませんが、明らかに、日本資本を意識して、この計画名にしたと、推測できます。

シンガポールは、旧大日本帝国の占領地であり、戦艦大和は、南方の日本の兵站ルートを防衛する連合艦隊の旗艦 世界最大級の戦艦です。この戦艦大和のイメージと、宇宙戦艦ヤマトの「人類最後の希望」の地のイメージをあわせて、ジョホール・バルの開発計画を、イスカンダル計画と銘々したのではないかと、僕は、連想するのですが、おそらくは、これは、間違っていないと思います。

このような日帝をイメージさせる名称は、中国や韓国には、当然、ウケが悪いはずですが、あえて、この名称を選んだのは、日本資本へのラブコールだと思います。

こんな名前のイメージも伴って、イスカンダル計画は、日本系資本や投資家にも、注目されています。

僕が初めて入った、30年前のジョホール・バル

さて、僕が、このジョホール・バルに、初めて訪問したのは、1991年でした。この原稿は、2022年に執筆していますから、もう、30年以上も前ということになります。

当時、僕は、大学卒業後2年目の、24歳。日本の銀行系のシンクタンクの経営コンサルタント職にいた僕は、仕事で、シンガポール支店への出張がありました。シティホールにある自社のシンガポール支店での仕事を終え、その出張の終了時に、現地で有給休暇を取得して、一人で、シンガポールを旅しました。

30年前のシンガポールの中心地 シティホールは、まだマリーナベイサンズもなく、マーライオン公園では、夜には、屋台が出ていて、そこで、巨大焼き鳥を買って、屋外で飲めるような、今の摩天楼に囲まれたシンガポールからは想像もできない、「ほのぼの」したエリアでした。

そんな中、若かった僕は、バックパッカースタイルで、シンガポールから陸路で国境を超えるバスに一人で乗り込み、シンガポールとマレーシアの国境を超えて、ジョホール・バルに入ったのです。

当時のジョホール・バルは、シンガポールで働く移民たちが、高額なシンガポールでの家賃を避けて暮らすダウンタウンでした。治安もよくなく、まだジャングルが多く残り、マレー系の住民が暮らす高床式の家がジャングルに点在しているような街でした。家の軒先には、ヤモリがちょろちょろ出入りしている、熱帯の街だったのです。

家の中に、暑さを避けて、黒サソリが侵入してきて休憩しているし、ゴキブリは5センチほどある巨大な奴が家の台所に普通に出現するし。

なかなか、ワイルドなエリアだったのです。

当時、まだ、海外経験が少ない若造だった僕は、陸路の国境を往復で超え、日帰りで、シンガポールに帰国するという体験が面白く、シンガポールと目と鼻の先に、まったく物価水準が異なるエリアが同時に存在していることに、驚いたものです。

当時、シンガポールでは日本円換算で、800円したマクドナルドのビックマックが、ジョホール・バルでは、200円で食べられました。日本で例えれば、大田区田園調布で食べるとビックマックが800円で、多摩川を超えた川崎に入ると、同じビックマックが、200円で食べられるほどの感覚です。

この物価の開きに、新興国というものの凄さを感じたわけです。

開発が進み、経済特区が生まれるジョホール・バル

それから、30年後。

ジョホール・バルは、今、大変貌を遂げています。

野生のマレー虎が生息をしていて、黒サソリも、うじゃうじゃいた熱帯ジャングルは、一切、姿を消し、イスカンダル計画に従って、ジョホール・バルの全地域で、物凄い規模の建築工事が進んでいます。

2016年2月に、僕は、東南アジア進出をする日本企業を支援し、URVグローバルグループの商社機能をサポートするため、シンガポールにオフィスを設置しました。シンガポールオフィスは、その約3年後の2018年12月に、URVグローバルグループの海外進出支援事業の東京に代わる拠点会社として、URV Global Mission Singapore PET.LTDという株式会社に生まれ変わります。

一方で、僕個人は、シンガポールとマレーシアを動く拠点として、ジョホール・バルの経済特区メディニ地区に、2016年8月、個人でコンドミニアムを購入し、そこを、URV Global Mission Singapore PET.LTDの、ジョホール・バルの支店オフィスとしました。

URVグローバルグループの海外進出の歩みは、以下のページをご覧ください

URVグローバルグループの海外進出の歩み

2016年当時、ジョホール・バルは、その全域で都市へ進化する工事が行われており、イスカンダル計画は、計画がようやく実務に移行する、スタート段階にありました。

メディニ地区は、イスカンダル計画の中の、外国人が投資できる経済特区でした。

まだまだ開発途上にあったこの時点で、マレーシア政府は外資を受け入れる切り札のような制度を、メディニ地区で用意していました。

不動産物件のキャピタルゲイン課税は、10年間、所得税等がゼロ。
設立した法人の本社や支店の法人税等は、5年間ゼロ。

タックスヘイブンであるシンガポールを遥かに超える優遇税制を目指して、当時、日本や中国を中心とした、多くの外資企業や資産家が、メディニ地区の高層コンドミニアムに投資をしはじめていた状態でした。

新型コロナで分断される、シンガポールとジョホール・バル

2020年から世界を襲ったコロナ禍で、シンガポールとマレーシアの国境は長く閉ざされました。これは、東京で例えるなら、23区と、近郊の市町村との間の行き来が閉ざされたような状態だと思ってください。川崎市と東京の間の多摩川が封鎖されたら、武蔵小杉が、まったく機能不全に陥るわけで、ジョホール・バルも、その機能を停止しました。

ジョホール・バルは、シンガポールとの往来が閉ざされ、
「最早、イスカンダル計画は、駄目なのではないか?」
との悲観論が、シンガポールに住まう日系人の間でも、ささやかれています。

僕も、個人的に、ジョホール・バルに、不動産投資をしている一人として、よく、ジョホールの将来の観測を聞かれることがあります。

率直に言って、現時点では、僕にも、明確な予測があるわけではありません。

国家が投資を呼び込むための経済特区は、ノーリスクで価格があがるようなところはどこもありません。

ハイリスクな分、ハイリターンで、そのリターンに対するタックスがゼロであるという、投資ですから、リスクが顕在化し、価格も利用価値も、まったくあがらないことも、ありえるでしょう。

そのリスクをテイクできないような人は、ハイリスク・ハイリターンの投資に手を出すべきではありません。

ただ、僕は、コロナ禍前に、よく、ジョホール・バルに行き、夜、自分の海に面したメディニ地区のコンドミニアムから、遠景に輝くシンガポールを眺めながら、考えていました。

「世界の金融センター シンガポールが、狭い海峡の国境を挟んで、すぐそこに輝く、ジョホール・バルには、大きな可能性があるな」、と。

もし、僕が、その海峡を一つ越えた先のシンガポールで、今いる、コンドミニアムを購入したら、間違いなく、スーパー億ションの金額が必要になります。その10分の1以下の金額で、購入できて、タックスヘイブンの特権がついてくる、このジョホール・バルに、世界の富裕層のマネーが入流しないはずはない、と。

このように思っていました。

コロナ禍は、世界を分断しました。しかし、世界は、既に、再生に向かって動いています。

シンガポールという、世界一の金融センターが、今から、どのような復権をとげていくかが、その衛星都市である、ジョホール・バルの明日を決めることになると、僕は思っています。

続く

本稿の著者

松本 尚典
URVグローバルグループ 最高経営責任者兼CEO
URV Global Mission Singapore PTE.LTD President

松本 尚典
  • 米国公認会計士
  • 総合旅行業務取扱管理者

米国での金融系コンサルタント業務を経験し、日本国内の大手企業の役員の歴任を経て、URVグローバルグループのホールディングス会社 株式会社URVプランニングサポーターズ(松本尚典が100%株主、代表取締役)を2015年に設立。
同社の100%子会社として、日本企業の海外進出支援事業・海外渡航総合サービス事業・総合商社事業・海外の飲食六次化事業を担う、URV Global Mission Singapore PTE.LTD(本社 シンガポール One Fullerton)を2018年12月に設立。
現在、シンガポールを東南アジアの拠点として、日本企業の視察・進出・貿易の支援を行う事業を率いている。

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