副業飲食編 第4話「採用」

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銀座花月が休業する日曜日の17時過ぎ。

JR飯田橋駅から、山之辺伸弥は、奈美を連れて、神楽坂に向かって歩いた。神楽坂の路地に入ると、いまでも、落ち着いた料亭が静かに店を構える。

ここ、般若亭は、その中の一つだ。小さいながらも、黒塀を巡らせ、入り口には、ぼんぼりの灯りをともして、営業をひっそりとなじみの客だけに知らせている。

普通、日曜日には、神楽坂の料亭は、休業の店も多い。しかし、般若亭は、春宵の一刻を楽しむ通人の客をもてなすために、日曜日のこの日も、暖簾をかけていた。

蹲(つくばい)から流れ落ちる水の響きを、山之辺がしばし楽しむ間、奈美は、玄関で、店の手配をしてくれていた雪子の名前を女将に伝えた。

今日は、おそらく、他にも1~2組、小さな来客があるだけだろう。そんな雰囲気の店の廊下を女将に導かれて、山之辺と奈美は、小座敷に通された。

山之辺は隠し蔵の冷酒をとり、琉球硝子のおちょこで、二人が乾杯したところに。

「失礼いたします。」

半玉の雪子が、襖を廊下側からあけた。

小柄な和服姿の若い芸者。春の花車が描かれている、ほんのりとした朱の振袖を纏い、帯も華やかな西陣である。振袖を纏っているところから、遊び慣れた通人の客は、雪子を半玉だと識るのだろう。

初々しい姿だった。普段のお座敷では、雪子は、白塗りの化粧を施しているであろうが、今日は、プライベートな席なので、それをしていない。

山之辺と、その姉である優紀が経営する「銀座花月」のホールを、奈美とともに仕切ってもらうため、奈美がルームシェアをして暮らす雪子を、山之辺に引き合わせた、今日はその一席である。ある種の面接ながら、山之辺は、雪子の半玉としての仕事ぶりを想像するため、あえて、雪子にここに来てもらったのである。

山之辺の、右手に座っていた奈美の反対側の左手に、雪子は座った。期せずして、山之辺は、雪子と奈美に挟まれる形となった。

料理が運ばれる間、雪子は、山之辺の手にする琉球グラスの器に日本酒をついだ。
雪子が注ぐ隠し蔵の酒を受けながら、山之辺は、首を左右に振って、奈美と雪子を見比べた。

奈美は、ホステス時代、豊満な胸の谷間が、深くあいたドレスから眩しかった女だった。

グラマラスな身体を、強調するドレスを常に纏い、深くきれこまれたスリットから、美脚を誇示して、店を闊歩する姿が、奈美のホステスとしての武器だった。しかし、理想的すぎる、その肢体に反して、奈美のクラブのホステスとしての接客は、男に決して媚びない一線を持っていた。一方、そのグラマラスな体型故に、銀座花月で奈美が和服を纏うと、日本の女性らしさに欠けるところがあった。ドレスが似合う理想的な体型の女性は、和服が似合わないのである。

一方、雪子は、なで肩で、くびれのない体型をしていた。和服の着こなしから、山之辺は、雪子の裸体を、アタマに思い浮かべた。典型的な日本女性の体形だ。胸もない。それゆえ、雪子の場合、和服が似合う女だった。

むしろ、銀座花月には、最適だと山之辺は判断した。

なるほど。奈美も、雪子も、自分の身体が男からどう見えるかを知り尽くして、それぞれ、銀座のホステスと、神楽坂の芸者という、自分の身体の強味を最も活かせる仕事をえらんでいたのだな、と山之辺は、想った。

夜の世界で成功する、いい女は、男が、自分のどこに迷うのか、それをよく心得ているものだ。何気なさを装って、男をその気にさせ、男を経済的な踏み台にしていくことができる女こそ、夜の世界の、得難い戦力なのである。

そんな山之辺が、雪子の裸身を思い浮かべる、その視線を感じると、雪子は、それを見通して、口元に笑みを浮かべ、いたづらそうな顔で山之辺に言った。

「あたし、奈美ちゃんみたいに、胸、ないんですよ。
それなんで、和服で勝負する仕事に就きたいって思って。

わかるでしょ?

男を、あたしが騙せるの、和服なんですよ。」

纏った品のよい和服からは想像できないほど、その話し方は、気さくだった。奈美が、ドレスから男に胸や脚を晒しながらも、決して、こころを晒さないのと真逆に、雪子は、身体を男にさらさずに、心を、男に晒していると男に勘違いさせて夢中にさせる、そんな手管を自然に身に着けている女だと、山之辺は感じた。

奈美と、雪子は、真逆な魅力をもって、しかも共に、その魅力を戦略的に男に見せつけて、心を奪う資質にたけている、プロの女たちだった。

「雪子さんは、どうして、せっかく始めた芸者さんへの道を、ここで断念しちゃうの?」

山之辺は端的に、雪子に聞いた。

「あたし、芸者らしい話し方が、苦手なんです。

あたし、下ネタ、大の得意だし。でも、そんな接客を、ここ、神楽坂でしようもんなら、おねえさんたちに、にらまれちゃうんで。」

山之辺は、笑った。

「いやいや。銀座花月でも、下ネタは駄目だよ。奈美ちゃんみたいに、品よくしないとね。」

山之辺は、突っ込んでみた。

雪子は、「ふふん。」と鼻を鳴らして、すうっと、山之辺にもたれかかった。そして、山之辺の突っ込みを封じ込めるように、手を山之辺の股間に伸ばした。

山之辺の左の耳に、雪子の息がかかった。

「あたしね。こういう、接客が得意なの。
山之辺さん、嫌い?」

山之辺の反対側に座っていた、奈美の表情が曇った。

「ちょっと! 雪ちゃん!
山之辺さんは、あんたのそんなお芝居に、鼻の下を伸ばす男じゃないよ。
それに、あんたの上司になるヒトじゃない!
なれなれしく、もたれかかったりしないで!」

雪子は、いたずらそうな顔をして、奈美に笑いかけ、それでも、山之辺の股間に伸ばした手をどけようとしない。

一瞬であるが、雪子の目に、奈美を挑発的に誘う光が宿り、奈美の目に、雪子の支配を欲する男のような光が宿ったのを、山之辺は、見逃さなかった。

雪子は、山之辺を誘っているのではない。奈美の嫉妬を挑発するために、山之辺にもたれかかったのだ。そう山之辺は、その瞬間、直感的に感じた。

そして、この二人が、どうして、ルームシェアをしているのか、山之辺は、瞬時に悟った。
この二人は、ルームシャアしている関係じゃない。同性愛の、同棲関係なのだ。

そう悟ると、奈美が、これまで、ホステスとして、男を身体で誘惑しながらも、心で男を拒絶している理由が、すっきりと、納得できた。

山之辺は、雪子の手をどけた。

「成るほど、そういうことか。俺には、君たち二人の関係、もうわかった。
雪子ちゃん、もう演技しなくていい。男を好きな演技、俺には通用しないから、辞めたほうがいい。」

雪子は、すっと、山之辺から身体を引いた。媚びを浮かべた顔が、みるみる真剣な真顔になった。奈美の表情もこわばった。

二人とも、山之辺に、瞬時に、心の奥底をのぞかれた、その羞恥に、顔をこわばらせたのだ。

ここまで、その奈美と雪子のやりとりを両手に見ながら、山之辺は、そこに、最初から違和感を、感じていた。この二人の間に交わされている目と目に、不思議な阿吽の呼吸があるのを感じていた。お互いを知り尽くしている、関係の人間だけに交わされる視線が、時々、交錯するのだ。

この二人が、ホステスと芸者でいれば、銀座花月に来るよりも、もっともっと稼げるだろう。何故、奈美は、銀座の超高級クラブ エルドラドを辞めて、花月にきたのだろうか?そして、雪子も、何故、芸者への道をすてて、花月にくるのだろうか?奈美は、何故、わざわざ収入が大きく下がる銀座花月へ、雪子が芸者になるのを辞めさせて、誘ったのだろうか?

それが、そもそも、理解できなかった。

この二人は、男が本心から嫌いなのだ。その男を軽蔑しながら、だから、その男を迷わせて、経済的な踏み台にしてゆくことが平気で出来るのだ。

奈美は、グラマラスな身体を男に晒しながら、その視線に嫌悪感を覚え続け、雪子は身体を和服で覆い隠しながら、下ネタを駆使する自分に、男が下心を抱くのを軽蔑し続けていたのだ。

そして、レズビアンな二人は、その相手に、常に嫉妬をしてきたのだろう。

だから、銀座花月だったのだ。

その自分たちの、人間としての振る舞いに、嫌気がさして、ホステスと芸者という仕事から、二人で抜け出そうとしたのだろう。

たった一つ、二人の誤算は、そんな二人の関係を、山之辺に一瞬で見抜かれたことだ。

本質的に、男が好きな優紀には、おそらくこの二人の秘密の関係を見抜くことはできないだろう。山之辺は、そう感じた。

この二人のレズビアンの関係は、山之辺や、花月の社長である山之辺の実姉 優紀にとって、その利益に反するものではなさそうだ。それどころか、この二人のレズビアンの美女のカップルは、山之辺に、大きなビジネス上の利益を齎すだろう。山之辺は、そう、考えた。

山之辺は、人事面接を、仕事で行った経験はなかった。営業畑で歩いてきた山之辺は、顧客の成約率という視点から、顧客の購買の本気度を見抜く視点は、鋭かったが、採用面接というものを、正式に仕事で行ったことはなかった。

今の、バリューフェスの上司でもある阿部洋次の下で働くようになってから、山之辺は、阿部と酒席をともにするたびに、阿部に、採用や人事の経験談を聞き、阿部の蘊蓄に耳を傾けた。

阿部洋次は、一部上場企業 株式会社バリューフェスの取締役であるが、バリューフェスでの、多様な職務経験の中での、人事畑が長かった。山之辺がバリューフェスに入社したきっかけも、バリューフェスの子会社の人材紹介会社、株式会社バリューフェス・キャリア代表取締役を、阿部が務め、山之辺がそこに登録したことだった。

阿部は、バリューフェスでの、新卒から役員のヘッドハンティングまで、幅ひろく実績を積み、ヒトを見抜く卓抜した能力と経験を持っていた。阿部は、まさに人事のプロだった。このような、上司の優れた部分があれば、山之辺は、熱心に、その話に耳を傾け、そのノウハウを余すことなく自分のものに吸収するタイプの漢だった。

その阿部が、山之辺に、酒を吞みながら、呟いた台詞の一つを、山之辺は、雪子を前にして、想い出していたのだ。

その時、阿部は、新卒の採用面接で、仕事経験を全く持たない応募者の、どこをどう見るのかという、山之辺の質問に、こう応えたのだ。

「大体、大学の就職指導なんて、まったく、的がはずれたことしか教えていないんだ。
面接でのあいさつで、お辞儀の角度だとか、こう質問されたら、こう答えるのが理想だとか、そんな、どうでもいいことばかり、教えている。資格や、大学の成績なんてのも、全く人事には興味がない。

ああいうことを教える指導者は、実際の企業の人事部長の立場にまったく立ったことがないんだろう。

大企業っていうのはね。新卒で、社員一人の採用にいくらかけていると思う?
採用経費だけで、一人あたり数百万かけているんだ。

どうして、そんなにカネをかけるかわかるか?

それは、日本の企業の正社員というのは、採用したら、一生、仕事をさせなければならないからだ。一人の社員に支払う生涯給与は、数億円にのぼる。

その社員をとる真剣勝負が、面接だ。まさに、人事の肩に、この数億円をどぶにすてるか、数倍・数十倍の生産性をあげさせるかが、かかっている。

そんな真剣勝負で、人事の責任者が、マニュアルに書いてあるような答えを面接者がすれば済むような質問をしたり、お辞儀の角度で採用を決めたりすると思うか?

人事の責任者は、面接者で見抜きたいことは、二つなんだ。

一つは、この人物が、ウチの会社の仕事を、緊張感を維持し続けて、長期的に仕事を続けて、生産性を上げ続けるかということだ。

もう一つは、この人物が、ウチの会社の人間関係のなかで、チームにしっかり参加して、シナジーを発揮し続けられるかということだ。

できる人事は、この二つを観ている。この二つを見抜くために、そのヒトのこれまでの生き様を聞き出しだし、ストレスを与えても、それを切る抜けるすべを持っているか、ということを判断するための質問をする。ストレスを与え、相手の反応を見るんだ。ストレス耐性こそ、継続的生産性と人間関係の最大のポイントなんだ。

受験に勝てたとか、スポーツで成果を出したとかは、人物の、継続力やストレス耐性を見るための材料に過ぎない。受験勉強を続けられずに、ストレスに耐えられなかった奴だからこそ、企業は、低学歴の学生をとってはならないんだ。そういう奴は、仕事でもストレス耐性がない。勉強を続けられずに、自分の心地よいことだけをしてきた奴は、仕事でも、ストレス耐性がなく、成果を出し続けられないんだ。

人間関係も同じだ。自分が心地よい友達や仲間とだけつるむ奴は、会社の人間関係で、仕事を放りだす場合が多い。

こういう奴は、職場のせいにして転職を繰り返し、仕事の実力もつかないまま、歳だけとっていく。こういう奴を、会社にいれれば、会社は、その分、弱体化することになる。

これを避けるために、ヒトを選ぶのが、採用面接の鉄則なんだ。」

奈美も、雪子も、自分にとって、もっともストレスを生み出す男という生き物を、手玉にとり、それを軽蔑しつつも、自分の経済的な目的のために、男好きな演技を続けられた女たちだった。

そして、外見は真逆ながら、自分と同じ生き物の、この二人が出会ってしまったのだ。自分の本当の心の恋人を見つけてしまった。だから、相手のために、仕事で同じ職場で働こうとしている。奈美と、雪子は、ホステスと芸者を辞めて、銀座花月で仕事に、二人一緒に励むに違いない。

そして、おそらく、その心の奥底を、優紀には悟らせられず、優紀とは、良好な関係を作るに違いない。そして、優紀とともに、奈美と雪子は、客である男たちに仮面をかぶり続けて、男好きな女の演技を続けながら、生産性を上げ続けるだろう。

合格だ。
山之辺は、そう決めた。

これほどまでに、理想的な戦力のチームはいない。

そう決めると、山之辺は、きりのよいところで、座敷をお開きにした。奈美と、雪子の関係のことは、二度と、山之辺は、今後、この二人とは話題にしないと、心に決めた。

「雪子ちゃん。姉と会ってもらって、姉とやっていけそうなら、是非、銀座花月に来てほしい。出来るだけ、早く、仕事をはじめてもらえると、助かるな。

奈美ちゃん。雪子ちゃんを、姉貴に会わせるセッティングをしてほしい。是非、君たち二人のチームプレーを、銀座花月で発揮してほしい。

俺は、これで帰る。会計は、済ませておいたから、二人は、ゆっくりしていくといい。」

山之辺は、そう言い残し、奈美と雪子を座敷に残し、一人で帰途についた。
春の夜は、生暖かい、水気を含んだ風を、山之辺のスーツに忍び込ませる。

続く

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