起業編 第2話「人材紹介」

株式会社バリューフェス・キャリア代表取締役 阿部洋次は、求職をしてきた山之辺伸弥に渡すため、2枚の求人票を手元に持っていた。阿部は、2枚の求人票のうち、1枚目を山之辺に手渡した。

「山之辺さん。あなたに、弊社が掲載している非公開の求人に応募いただきました。その案件が、この求人票の会社です。」

非公開の求人とは、求人企業が、自社が求人募集をかけていることを求職者一般に情報開示せず、特定の人材紹介会社だけに求人を依頼する求人手法のことである。

今、求職マーケットでは、求人を頻繁にかけたり、求人を求人サイトなどでかけ続ける企業は、求職者から、「人が採れず、採っても問題があって、すぐに辞めてしまうブラック企業」という評価を受けやすい。このような評価を避けるため、自社が中途社員を求人していることを求人媒体で公開したくない、という事情が求人企業側にある。

また、上場の有名な企業が求人媒体で、公開求人をしてしまうと、求職者の応募が集中し、本当に採りたい人材を選別しにくくなる。

優良な大企業は、選別した戦力になる人材だけに絞り、選考をすすめたいというのが本音だ。そういった企業が人材紹介会社を使って、非公開で人材紹介会社に一次的な人材選別をさせ、その絞られた人材を徹底的に採用検討するのが、非公開求人という手法だ。

「会社名は、株式会社美月林業。一部上場の注文住宅建設会社です。住宅メーカー最大手の積山ホームにおられたあなたなら、当然、この会社の詳細情報はご存知でしょう。私が会社の説明をするまでもなく、ね。」

山之辺は、阿部から手渡された1枚目の求人票を手に取った。

求人票は、株式会社バリューフェス・キャリアが作成したもので、美月林業の会社概要と求人職種である営業職の業務内容が記載されていた。求人票の上に、「非公開注意」と朱書きがされている。

山之辺は、求人票から目を離し、阿部の目をまっすぐ見据えて、応えた。

「美月林業とは、これまで、私が住宅展示場をホームベースにした、個人向け注文住宅営業で、嫌というほど、競合してきました。

資本金326億円。昨年度の売上高は、投資家向けIRによれば1兆2200億円。私がおりました積山ホームは、昨年度2兆1593億円の売上げですので、美山林業は、業界首位の積山ホームの約半分程度の売上規模だと思います。

積山ホームは、工場生産方式のプレハブ住宅の最大手ですが、美山林業は木造軸組工法の最大手です。」

阿部は、自分のいた会社と競合会社の業績を、資料を見ずにすらすらと口にする山之辺の、よく動く唇を見つめながら、ソファーに深く座りなおして、次に質問する内容を素早く頭の中で整理した。

「私は、もともと通信系販売会社の営業出身です。それですから、住宅建築業界のことは全くわからないので、お聞きします。

プレハブ工法と木造軸組工法というのは、家の建て方として、どのように違うものなのですか?」

山之辺は、阿部に見つめられた唇に、うっすらと、笑みを浮かべながら応えた。

「プレハブ工法というのは、プレ・ファブリケーション工法という意味です。建築物の部材の一部または全部を、あらかじめ工場で制作し、それを建築現場で組み立てます。木造軸組工法というのは、在来工法とよばれる、日本の伝統家屋の基本的な工法です。

プレハブ工法は、建築現場での作業が少なく、したがって、工期が圧倒的に短いのが特徴です。また、価格も抑えることができるため、価格競争力がマーケティング上の強みになります。積山ホームは、この圧倒的な価格競争力を武器に、戦後、成長してきた代表的な住宅メーカーです。

一方、木造軸組工法は、梁と柱をくみ上げ、棟上げを行い、建物の躯体を創ります。そのため、工期が長く、価格も高くなります。

但し、美月林業は、旧財閥系の美月グループの企業です。もともと、林業が従来の主力事業でしたので、高級な国産木材を自社調達できる強みを持っています。そして、国産木材のブランド企業ですから、消費者からは、高級注文住宅としてのブランドも確立しています。近年では、相当な価格競争力も発揮しています。ですので、高級感のある「木の家」を、低価格で販売できるという強みを近年は武器にしています。

私も、これまで、数限りなく美月林業とは競合してきましたし、特に高級志向の木の家に拘る客層に対して、私も相当に美月林業には苦戦してきました。非常に強い競争力を持った、いい企業だと思います。

もちろん、強い競合先として、美月林業を破るための、商品研究もしてきました。美月林業の家の強みは、あちらの社員以上に私はよく研究していると自負しています。もし、私が美月林業の家を売るとなれば、初年度から上位の売り上げをたたき出せます。

私は、積山ホームで、昨年は個人販売実績を、年間40億円強、出しています。積山ホームのトップセールスマンは、個人単位で数十億円売る連中が結構います。工期が長く、脚がとられる、美月林業では、おそらくそこまで売る個人セールスマンは、いないのではないかと思います。私の個人成績は、積山ホームの全社員に配布される社内報で、トップセールスランキングとして個人名入りで公表されています。美月林業は、競合として、業界最大手の積山ホームの内部情報をかなり詳細にリサーチしているでしょう。積山ホームの社内報なども情報資料として入手されていると思います。私の成績実績は、おそらく、美月林業側でも直ぐに確認できると思います。

私であれば、初年度から、美月林業のトップセールスになれると自負しております。」

阿部は、内心、舌を巻いた。通信業界の場合、上場企業であるバリューフェスでも、長年、トップセールスを張ってきた阿部でさえ、個人の年商数字は2億円程度だった。

顧客単価が違い、利益率構造が異なるとはいえ、個人で40億を売るなどというのは、阿部の属してきた通信業界では聞いたことがなかった。完全に単位が違っている。

「本当であれば、化け物だな」と阿部は思った。

この化け物だと自称する山之辺は、果たして本物かどうか?これが、阿部の最大の関心事だった。だからこそ、この山之辺を、部下ではなく、自ら会って、その実力を確かめたいと、阿部は思ったのだ。

NTTの民営化を契機にはじまり、携帯からスマホに移行した、革命的な通信機器を営業の商材に据えて、通信業界でトップセールスを張り続け、バリューフェスのトップセールスから、取締役にまで上り詰めた阿部は、山之辺の中に、溢れるほどのトップセールスの資質を感じ取っていた。

相手の目線にあわせて硬軟に変化する話術。柔らかい、物腰。

年上からも信頼される誠実な、態度。

己の力を信じてぶれない、強い意志。

しかし、それでもまだ、この段階で、山之辺の実力がどこまでかを確認せずに信じるほど、阿部は、世間知らずではなかった。営業力があっても、企画力や、管理能力は、まったく未知数だ。

ただ、この時点で、阿部は、この漢が本物かどうか、徹底的に裸にする価値がある、と感じていた。

勿論、人材紹介をするだけであれば、そんな必要はない。人材紹介事業などというものは、尤もらしい履歴書と職務経歴書を持ってくる「人材という名の商品」を、大企業の人事部に売って、仲介手数料を企業から得るだけの、「仲介ビジネス」に過ぎない。短期で、人材側が辞めたり、クビになったりしさえしなければ、その人材が企業に貢献しようが、しまいが、そんなことは、人材紹介会社の知ったことではない。

それが、人材ビジネスというものだ。

しかし、阿部が山之辺に見出そうとしている可能性は、阿部のもっと深遠な戦略が絡んでいた。

そんな戦略の意図の片鱗も表情に出さずに、阿部は、さも感心したかのような驚きの表情を作って、山之辺に言った。

「あなたなら、美山林業の人事部は、非常によい方が応募されてきたと感じるでしょう。

私は、美山林業の取締役人事部長を、よく知っています。あなたを彼に強く推薦しましょう。あなたには、下からの面接ではなく、美山林業の取締役人事部長に、直接、お会いいただくように、私が段取りをつけます。

そして、あなたの面接には、私も同席するようにしましょう。

同時に、あなたには、もう一件、お勧めしたい求人があります。弊社の親会社の株式会社バリューフェスです。」

そう言って、阿部は、自分の手に残してあった、もう一枚の求人票を山之辺に手渡した。

「丁度、いま、バリューフェスの営業システム部が、優秀な人材を求めています。

責任者は、アメリカのコンピューターハード業界の最大手 IGMから私がヘッドハンティングして来た、非常に優秀な執行役員です。その男が率いている部著です。

こちらも一緒にご紹介しますので、面接に行ってみてください。こちらは、山之辺さん、お一人で面接に行っていただきましょう。

詳細は、追って、先ほど、ご案内した溝口香里からご連絡をさせます。」

山之辺は、ちょっと首を傾げた。美山林業の取締役人事部長と、直接、一次面接を設定してもらうのは、非常にありがたいことだったが、何故、人材紹介会社の社長の阿部が、積山ホームの面接に同席するのだろうか?

自分の会社である、バリューフェスの面接に同席するというのなら理解できるが・・・。

「この、おっさん、何を考えているのか?」

にこやかに礼を述べて、退席して、宮益坂を渋谷方面に下っていく山之辺の眉間には、心なしか、皺がよっていた。

この漢、非常にカンも鋭い。

これから、彼が巻き込まれる運命の予感を、この時点で感じ取っているのかもしれない。


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