まずは、中国の台湾侵攻に対する、日本の位置づけをおさらいしましょう
連日、日本の国内の新聞では、台湾への中国の軍事的な侵攻のリスクの高まりに対する報道が行われています。中国は、台湾への軍事侵攻を否定しない態度をとっており、アメリカは、中国の軍事侵攻が数年のうちに実行に移されると危惧を表明していると報道されています。
ロシアのウクライナ軍事侵攻は、21世紀になっても、核保有大国が隣国に武力で侵攻して領土拡張をするという、戦国時代さながらの行動を現実的に行うことを、日本人に思い起こさせました。
そして、それが日本においても現実に起きえるし、巻き込まれる可能性もあることに、日本人は怯えています。
確かに、中国・ロシア、そして北朝鮮という、独裁国家を隣国にかかえる日本のリスクは高まっています。日本が、20世紀後半に歩んできたような、日米安保条約に頼って、軍事を無視し、経済だけを追求する姿勢をとり続ける時代では、最早ないのは明らかです。
日本国憲法の平和主義は、侵略戦争を外交手法として否定しているだけであって、他国からの防衛や、他国から侵略を受けた場合の反撃能力の放棄まで宣言するものではありません。
主権国家が、防衛力や侵略に対する反撃能力を備えることは、憲法を超えた国際法が認める権利です。その意味で、日本もまた、自衛力を環境に適合させて備えることは、当然の権利であり、主権国家として存続する条件です。
一方、中国やアメリカの表明には、現実の直視だけでなく、新冷戦と言われる国際情勢の中における、自国陣営の結束を図る、戦略的な意図があることも、また事実です。
日本は、日米安保条約のもと、安全保障の領域では、アメリカの核の傘の下にあることは間違いなく、民主主義・自由主義陣営に位置することも、間違いありません。しかし、中国とも、経済的には極めて重要な関係にあります。その関係は、ロシアや、まして一切国交がない北朝鮮とは比較にならないほど、重要な関係にあります。
従って、中国との関係は、冷戦時代における東側陣営の国に対したような敵対関係ではありません。
中国に制裁を科すアメリカもまた、中国が極めて重要な貿易の相手でもありますし、中国にとってのアメリカもまた、同じです。
従って、今の米中の関係を「新冷戦」と仮に呼ぶとしても、それは、20世紀後半の世界の対立の枠組みでもあった「冷戦」とは、かなり異質の構造であると理解しなければなりません。
米日と中は、ともに政治的理念や体制が異なるライバル関係にはありますが、他方、経済的には、相手を全否定できるような関係ではありません。
中国の台湾への軍事侵攻という事態を考えるとき、政治的な過激な応酬に巻き込まれることなく、このような冷静な視点で見ておく必要があります。
仮に、中国が台湾軍事侵攻した場合の、各国の動き
ロシアがウクライナに軍事進攻し、ロシアは国際社会から経済制裁を受けています。このような状態をみて、中国は、今なお台湾への軍事侵攻の可能性を捨てていません。
もし、仮に中国が軍事侵攻を開始した場合、世界はどう動くでしょうか?
欧米日の先進国の結束に、アメリカの世論の分断がはっきり影を落としていることは明らかです。民主党のバイデン政権の、ウクライナに対する武器供与にとどまるアメリカの姿勢でさえ、共和党から批判が出ています。もし、中国が、台湾進攻を内向き視線の勢力を抱える共和党政権下で起こし、しかも、武器供与にとどまらない軍事防衛にまで行うとなれば、アメリカは中国と戦うよりも、国内の世論と戦うことが、困難になるでしょう。
NATO北大西洋条約機構も、ウクライナという隣国での軍事侵攻ですら、軍事的な共同戦に持ち込んでいません。まして、極東の台湾軍事侵攻で、相手がロシアよりもはるかに強国である中国であれば、NATO北大西洋条約機構が簡単に参戦することはないでしょう。
日本や韓国・フィリピンは、自国本土が軍事的に侵されないかぎり、台湾とともに積極的に中国と戦うはずがありません。
そして、何よりも、ロシアの軍事侵攻でさえ、国連加盟国家でロシアを非難し、積極的に経済制裁をかけてウクライナ側に立つ国は、3分の1しかないという実態からみれば、中国の軍事侵攻を、国際社会は冷静に見るでしょう。
このように、中国の台湾軍事侵攻は、世界の力学関係のはざまをつけば、軍事的には可能にようにみえます。
では、このような状態になる台湾軍事侵攻を、中国が現実に本当に行うでしょうか?
アメリカは、どこまで中国の台湾軍事侵攻を想定しているのか?
今、アメリカ軍やCIAは、中国の台湾軍事侵攻が現実的に起きる可能性を世界に発信をし続けています。
しかし、そのアメリカの姿勢は、客観的な中国の台湾軍事侵攻の可能性よりも、高い確率でそれが起きると危機を煽る形で発信をしているように、世界の冷静なウオッチャーはみています。
それは、日本や韓国・フィリピン・オーストラリアなどの、太平洋と極東地域の安全に高い必要性のある国を、アメリカを中心とする同盟国として結束させる政治的な意図によるものと思われます。
現に、長年にわたって歴史問題をめぐって対立が続く日本と韓国は、その最悪ともいえる関係から、関係を好転させつつあります。これは、北朝鮮の核やミサイルによる威嚇とともに、中国の台湾軍事侵攻という事態を想定した安全保障上の必要性が、背中を押したと評価できると思います。
日本と韓国は、アメリカの極東における重要な同盟国であり、その同盟関係の結束と、軍事力の増強は、既に世界の警察の地位を降りたアメリカにとって、非常に重要なことであるといえます。アメリカは、中国の脅威を発信することで、同盟関係を強化し、それによって利益を受けているのです。
NATO北大西洋条約機構も、太平洋に艦隊を送って、中国を牽制しており、自由主義先進同盟国の結束を固めて、中国の軍事侵攻に牽制しています。これもまた、アメリカに利益をもたらしています。
アメリカが中国を煽り、台湾進攻を現実に起こさせて、世界からの対中非難を起こさせ、それによって、最大のライバルである中国を徹底的に弱らせるという明確な戦略的意図をもっているかどうかまではわかりません。
しかし、少なくともアメリカは、中国による軍事的危機を煽ることによって、同盟関係を強化する利益をえていることは、間違いありません。
そうだとすると、アメリカが発信をしている中国の軍事的行動の可能性は、かなり誇張をされたPRだと把握するのが、適切でしょう。
アメリカは、中国が台湾への軍事侵攻を行えば、武器供与にとどまらず、中国との戦争を行うと、現在表明をしています。しかしそうだからと言って、電撃的に中国が台湾進攻をした場合に、本当にアメリカが中国との戦争まで行って台湾を守るかどうかは、別問題です。
台湾で最も親中の勢力は、台湾軍 ~台湾軍は、本気で中国と戦う気はない~
何故、アメリカが台湾を巡り、中国と戦争まで行わないのかというと、それは米中関係というよりも、台湾の内部に理由があります。
僕は、URVグローバルグループの海外オフィスを、台湾の台北と、香港、上海にそれぞれ展開しています。ここを拠点としつつ、中国ビジネスを開発し、展開しています。
台湾でビジネスを行っている僕の現場感覚では、台湾ではアメリカは中国よりも人気がないのです。アメリカが、この事実を把握していないはずがありません。
ここからは、本コンテンツの本題である台湾の人たちが、中国とアメリカをどう考えているか、という話に入って参ります。
中国と、台湾を結びつける代表的な中国大陸の都市は、福建省厦門市です。ここは、台湾海峡に面して、台湾まで約300kmの位置にあります。
厦門は、かつてはイギリスの租界で、多くの欧米人や日本人が住んでいたこともあり、現在は、中国の経済特区であるため、日系の企業の僕たちも、ビジネスを進めやすいエリアです。僕もまた、今後の中国の有望ビジネス拠点として、注目している都市のひとつです。
そして、僕たちが、この厦門に行き、そこで活動をしていると目立つのが、台湾人や台湾企業の多さとその展開力です。
注目をすべきは台湾人で、年齢が高い方が多く、大陸の厦門で経済活動をされていることです。
僕もまた、厦門では、このような台湾系の経済人の方と強いビジネスの関係を構築しています。その中で、僕が注目しているのは、この高齢の台湾系経済人の多くが、台湾軍を退役された方であるという点です。多くの台湾軍を退役した軍人が、中国の厦門で会社を作り、そこで経営者として活躍しているのです。
彼らに話をきくと、中国では、台湾軍の出身者は非常に中国共産党から歓待されるそうで、優遇措置を受けられるのだそうです。
どこの国でもそうですが、退役軍人や元情報機関に属したヒトというのは、その軍や国家の重要な情報を知っています。国にとっては、退役軍人や情報機関を出身したヒトを優遇して、その機密情報が漏洩しないようにすることが、重要な施策になるのです。
しかし、台湾では、台湾軍退役軍人たちを最も優遇するのは、台湾ではなくて、中国だと言うのです。つまり、台湾軍の「天下り先」が中国本土であることを意味しています。
彼らとビジネス上の会食をしながら、話を聞いてみると、ある共通の話題が出てきます。
それは、台湾軍というのは、かつて大陸の共産党から逃れて台湾に渡った国民党軍に由来するという事実です。
従って、台湾軍内部では、台湾は中国であるという意識(親中意識)が非常に強いのです。むしろ、台湾での最大の親中派の組織は、台湾軍である、というのが実態です。
このような教育が基本的に行われている軍隊は、ウクライナ軍のように、ロシア軍を最も強い仮想敵と考えている軍隊とは、根本的に違います。
台湾軍では、自分たちも、中国の一員であり、小さい台湾が独立独歩の道を歩まずに、中国の一部となったほうがよいと考え、退役後は、中国からの優遇措置を受けて、中国とビジネスを行うことが成功だと考えているヒトが多いわけです。
このような台湾軍が、本気で中国と戦えるはずがありません。
彼らは、一様に言います。
「アメリカや日本の自由主義と民主主義は、魅力的だけど、一方、アメリカと日本が一体、台湾に何をしてくれたというのだ?
台湾にとって、中国のチカラは、大きな経済的な繁栄の源泉になる。」
日本からみると、台湾は、自由民主主義陣営に属し、中国が不当に支配を及ぼしつつあると見えます。
しかし、歴史的・国際政治的には、台湾は、日本支配の後、日本がポツダム宣言を受託して無条件降伏をした際、中華民国の台湾省に編入されました。そして、中国で、国民党が共産党に敗れた後、国民党が逃れたのが、台湾です。この国民党の子孫が、台湾における外省人です。現在の台湾軍は、この国民党軍が発展した組織です。
従って、彼らの長年の仮想敵は、旧日本軍であって、中国軍ではありません。国民党が、強い親中派であるのと同様に、台湾軍もまた、親中派なのです。
このような状態であるため、アメリカも、日本も、長年にわたり台湾を国家として認めてきませんでした。台湾は、ウクライナのような独立国ではないのです。
ところが、近年に至り、中国が、日本を経済的に追い抜き、将来、アメリカと比肩する競争相手に育ちました。軍事的にも、極めて脅威になりつつあります。そこで、この中国が強国になるのを防ぐため、台湾を中国から独立させることが、アメリカ・日本にとって、都合がよいわけです。特に、台湾が世界の中枢にある半導体分野で、中国が台湾を握ることを、アメリカ・日本は、牽制しなければなりません。
歴史的・国際政治的に観ると、台湾を中国の内政問題とする中国の主張は、正しいと言わざるをえません。中国が強大になったからと言って、台湾は、中国ではないと主張するアメリカのほうに、無理があります。少なくとも、アメリカと同盟関係に立たない第三国からみれば、アメリカの側に無理があると感じることは当然でしょう。
そして、もともと、自分たちこそ中国だと考えている、国民党や、台湾軍が、アメリカの支援を受けて中国人民解放軍と本気で闘う意志は、高くありません。それを推進しているのは、台湾軍でなくて、反中派の民進党政権です。そして、民進党のこの政策も、国内での圧倒的な支持を受けているわけではありません。
台湾軍出身で、中国大陸で、ビジネスに勤しみ、共産党と蜜月関係を築く多くの台湾人と親交を持っている僕には、つくづくそう感じるのです。
台湾軍事進攻に対する台湾人の若者たちの本音
台湾の中にいる親中派というのは、何も、国民党員や、台湾軍だけではありません。
台湾の中で、ビジネスを行っている中で、今の台湾の若者の多数の意識は、こんな感じだと僕は、捉えています。
「中国の完全な支配を受けるのは、嫌だけど、一方で、中国人民解放軍と祖国を守るために戦争するなど、絶対に嫌。
今のアメリカや日本は好きだけど、小さい台湾が、経済的に独立してやっていくのは難しいし、仕事や経済面では、中国と一緒になったほうが、よいのではないの。」
中国と強い結びつきがある台湾人の若者は、イギリスの統治下にあった香港人よりも、ずっと、中国に近い意識を持っているように感じます。
中国の独裁の中に組み込まれて自由を制限されて監視を受けるのは嫌だけど、その中国と離れて台湾の経済は、立ち行かないし、アメリカも日本も、台湾を中国ほどに助けてくれるわけではないよね、という感覚が、台湾の若者の多数派の本音のように、僕には感じます。
本当に、台湾への中国軍事侵攻が行われる可能性
2002年11月から、習近平氏は、49歳で浙江省の共産党委員会書記、浙江省軍区当委員会書記、浙江省国防動員委員会主任の地位に就いた経歴をもっています。
浙江省は、南で厦門を有する福建省と接しています。そこで、集氏は、台湾や台湾人が大陸で活躍し、経済活動を行う様子や、台湾人の意識を肌で感じたはずです。
中国を、アメリカと並び、それを追い抜く大国に育てる戦略を進める中国にとって、台湾は、香港とともに、核心的かつ必須のエリアだということになります。
台湾には、独立を目指す政治勢力があります。この勢力は、中国の独裁的・強権的な政治体制や監視社会を嫌う、民主主義・自由主義派です。しかし、僕が交遊する台湾の経済人や、若者の多くは、非常に小さい台湾が、中国から独立して経済を成長させていけるとは思っていません。台湾が香港とともに、高い経済成長を独自で遂げた、「アジア四小龍」時代は、終わっていることを台湾人たちは、理解しています。
自由主義・民主主義と、経済的な発展のはざまで、中国とつかず離れず、現状をできるだけ長く維持したいと考えるのが、台湾の人たちの多数意見でしょう。
そこに、中国は、軍事的な威嚇をみせながら、経済的・文化的に、台湾社会に着々と入り込んでいっています。選挙においても、台湾独立を掲げる民進党の勢いが、高まっているわけではありません。このような中で、中国が、欧米先進国と決定的な分断に至ってしまう軍事侵攻を現実に行う可能性は、非常に低いものといっていいでしょう。そのような策でなくても、台湾は、今後、急速に中国化してゆくでしょうし、台湾人も香港のヒトと同じように、これを容認していってしまうとみるのが、現実的には最も可能性が高いシナリオです。
中国は、台湾が独立という急進的な行動をとらない限り、軍事力で、電撃的に台湾を制圧することは、現実にはないでしょう。
中国が台湾の平和的統一を阻止したいのは、アメリカ側である
上記のような、中国が台湾を平和的に統一してゆくシナリオを最も嫌っているのは、アメリカです。
米中対立の激化の中で、経済力と軍事力・科学分野のすべてで、中国に後ろから追いかけられているアメリカは、香港と台湾をすべて、中国が掌握することは、極めてまずい結果を生むからです。
そのため、アメリカの国益からすれば、日本を含む同盟国に中国の軍事的な侵略の危機感を煽り、中国に経済的な制裁の包囲網を引き、中国を軍事的に行動させて、中国に対する世界の制裁を発動させることに成功する方法を、アメリカの民主党政権は摸索していると言っていいでしょう。
中国の台湾軍事侵攻は、中国から発動されるのではなく、太平洋戦争における旧日本軍と同様に、アメリカ民主党政権の挑発に、中国が乗ってしまい、中国人民解放軍が、暴発した場合に、発生する可能性が極めて高くなります。
アメリカの挑発に対して、中国人民解放軍が、共産党によって統制ができなくなり、暴発して戦争に突入するという事態が、最も恐ろしいシナリオです。
中国の台湾軍事侵攻は、中国の利益になりません。むしろ、それによって、世界を反中国で結束させられるアメリカの利益になる事態なのです。
日本、そして日本企業の経営者である僕たちは、その本質をしっかりと見定めることが肝要です。
中国とロシアは、まったく違います。それを混同するような、単純な考え方では、今後の、複雑なグローバルな世界を生き抜くことはできないのです。
本稿の著者
URV Global Mission Singapore PTE.LTD President
松本 尚典
- 米国公認会計士
- 総合旅行業務取扱管理者
米国での金融系コンサルタント業務を経験し、日本国内の大手企業の役員の歴任をえて、URVグローバルグループのホールディングス会社 株式会社URVプランニングサポーターズ(松本尚典が100%株主、代表取締役)を2015年に設立。
同社の100%子会社として、日本企業の海外進出支援事業・海外渡航総合サービス事業・総合商社事業・海外の飲食六次化事業を担う、URV Global Mission Singapore PTE.LTD(本社 シンガポール One Fullerton)を2018年12月に設立。
現在、シンガポールを東南アジアの拠点として、日本企業の視察・進出・貿易の支援を行う事業を率いている。
中国香港の尖沙咀に、株式会社URVプランニングサポーターズの香港支店を展開すると共に、中国本土の上海にグループオフィスを構え、更に、台湾の台北に、台北オフィスを展開し、中国の経済界や政界との強いパイプを、多面的に維持している。