2022年。
ロシアが、ウクライナに軍事進攻を開始。
日本では、ロシアを「悪者」と表現するメディアの、とても日本らしい報道が繰り返されています。
そして、同時に、そのロシアの侵攻が世界的な制裁と、ウクライナの強い防衛の中で、難航している状態を観て、
「ロシアをみた中国が、これで、台湾の軍事進攻をあきらめるだろう。」
といった、これまた、日本人的な感傷論を、よく耳にします。
ロシアのウクライナ侵攻に至った、ウクライナとロシアの積年の複雑な関係や、中国の立場の正確な情報を理解せず、メディアの報道を表面的にみて、感傷的に、国際情勢をみてしまうのが、日本人の長年の癖です。
国際社会をよく知るということは、このような感情論や日本人的な視点から脱却し、情報と歴史に立脚した、冷静な視点で、国際問題をみることからはじまります。
中国と台湾の関係
さて、話を台湾問題に移しましょう。
この論稿は、台湾をよく知ろうという目的で発信しています。
2020年代の台湾を考えるうえで、欠かすことができない視座は、「中国と台湾の関係」です。
日本の、すぐ南。
沖縄県の離島からも遠くに観ることができる台湾を、実は、現在の日本人の多くは、深くは知りません。
観光や、ビジネスでもいきやすい、この台湾というエリア(あえて、国とは表現しません)を、よく知りましょう、という、「特集 台湾を知ろう」。
その第一の論稿を、「中国と台湾の関係」からはじめたいと思います。
中国が、本当に狙っている台湾の都市 新竹市
日本人にとって、台湾の都市で、最も馴染みのあるのは、台北でしょう。
そして、台北に行くために、空港を利用する桃園が、次に馴染みがあるのではないでしょうか。
観光地としては、九份が有名です。
そして、行ったことがある方は少なくなりますが、台北に継ぐ第二の都市 高雄が有名です。
そのため、日本のメディアは、中国の台湾への侵攻という問題を取り上げる際、ほぼ、台北がその制圧のターゲットであるように報道しています。
しかし、これは、台湾を、ビジネスや国際経済の対象として観ている観点からは、少々ずれています。
中国が台湾進攻を行う場合、その最大の狙いは、台北ではありません。
また、アメリカが、台湾を対中国の観点から防衛しようとした場合も、台北よりも優先している都市があります。
それが、新竹市です。
台湾 半導体メーカーの集積地 新竹市
中国は、台湾の領有を主張し続けてきました。
これは、20世紀後半を通じて、中国共産党の一貫した主張です。従って、中国の台湾進攻問題というのは、何も、2020年代になってはじめて起きてきた論点ではありません。
ところが、今、中国の台湾進攻問題は、過去から現在に至るまでで、最も深刻な、東アジアのリスクとなりつつあります。
何故、今、台湾進攻なのでしょうか?
中国が、アメリカに対抗できる軍事力と経済力を獲得しつつあることも、勿論、大きな要因です。
しかし、それだけではありません。
中国が台湾に対して狙っているもの。
逆に、欧米が中国から台湾を守ろうとしているもの。
それが、あるから、侵攻問題が熱くなりつつあるのです。
この論点の中心にあるのが、「半導体のサプライチェーン」です。
世界の潮流が、DX(デジタルトランスフォーメーション)にあることは疑いありません。DXの中で、経済を支えるのは、情報通信技術(ICT)です。
このICTのインフラに欠かすことができない部品は、半導体です。
そして、今、半導体の世界最大の生産地が、台湾なのです。
中国が、国の命運をかけても手に入れたいもの。
欧米が、血相をかえて、中国の侵攻から守ろうとしているもの。
それは、台湾の人民以上に、半導体です。
従って、中国の侵攻の最大の目的地と、欧米の防衛の最前線は、台湾の政治の中心であり、最大の人口都市である台北ではなく、半導体の集積地 新竹市です。
新竹市は、台北から台湾新幹線で、1時間程度の距離にある町です。
TSMC、UMCなど、世界の最大規模の半導体のファウンドリー大手が軒を連ね、「アジアのシリコンバレー」と呼ばれる半導体の一大拠点が、新竹市です。
台湾経済にとって、半導体は、最も戦略的な商品ですので、新竹が、台湾経済の心臓部なのです。
中国の台湾進攻の軍事拠点は、新竹を意識して形成されている
新竹市は、台湾の西部の海に近い街ですが、この新竹市から、海峡を隔て、約250㎞のところに、中国の福建省があります。
福建省といいますと、日本人は、台湾貿易と関係が深い厦門(アモイ)を想い出すと思います。しかし、台湾と中国の関係を考えるうえで、もっと重要な都市があります。
寧徳市です。
この寧徳もまた、EV用電池の世界最大手中国企業 CATLがある中国有数のハイテク都市です。
ところが、今、この寧徳が、大きく変わっています。
ここに、中国は、人民解放軍水門航空基地を配置したのです。
地図でご覧いただければわかるとおり、寧徳は、入り組んだリアス式海岸の地形に位置しています。海上からの、欧米のレーダー照射や、目視から、最新の兵器を隠すには、最適な地形と、欧米諸国の情報機関は分析していると言われています。
おそらく、ここに、中国が誇る最新鋭の戦闘機やミサイルが配備されていると、欧米諸国は分析しています。
中国の誇る戦闘機は、離陸すれば、時速2100キロメールを超えるスピードで飛行できますので、寧徳から離陸すれば、新竹まで約7分で、戦闘機は上空に到達できるのです。
加えて、寧徳市は、習近平氏が市の共産党委員会書記を務めた、お膝元でもあり、習氏の政治生命の原点でもあります。
もし、習近平氏が腹を決め、電撃的に下命すれば、中国は、10分以内に、寧徳市から新竹市を制圧できると欧米諸国は、分析をしています。
アメリカ軍が、沖縄やグアムから台湾に軍事支援に入るまでに、新竹市は、中国の制圧下に入ってしまう可能性があるのです。
つまり、中国の台湾軍事侵攻は、10分でその最大の目的地を制圧できてしまうということなのです。
中国が、台湾全体、とりわけ、最大の人口を持つ台北を制圧することは、容易ではありません。台湾総統府を攻撃して、政治的に台湾を中国共産党の支配下に入れることは、中国が世界から孤立することを意味します。まして、尖閣諸島を軍事的に占領利用して、台北に侵攻などすれば、日米同盟の核心にふれてしまい、欧米と日本による、経済的軍事的な反撃に、さすがの中国は持ちこたえることはできません。
しかし、中国が新竹市を爆撃や破壊など、反人道的な行動をせずに、限定的に制圧することに成功すれば、ロシアのウクライナ侵攻のような非難をあびることはないでしょう。
欧米は、新竹市を守ることができない?
勿論、欧米や日本も、これを予測して動いています。
台湾の人民が、一人も殺されなかったとしても、もし、中国が新竹市を制圧してしまえば、中国は、台湾の半導体産業を、まるごと支配することができてしまいます。今、これをされたら、欧米の半導体サプライチェーンは、崩壊してしまうのです。
米国は、TSMCの工場の米国内進出を、莫大な補助金を出して、推進しています。
2022年アリゾナ州フェニックスで、TSMCの工場建設が本格的に稼働します。総投資総額は、120億ドル(約1兆3,000億円)で、その予算の大半を、米国連邦政府と、州政府が負担をします。
日本、欧州も、台湾の半導体企業の国内工場誘致を莫大な予算を投じて進めています。
つまり、これは、台湾を守ることはできても、新竹市を守りぬくことはできないという想定のもとに、そのXデーがきても、欧米の半導体サプライチェーンは生き残れる策を開始しているということを意味しています。
これでも、「ロシアをみた中国が、これで、台湾の軍事進攻をあきらめるだろう。」と、あなたは言えますか?
さあ、いかがでしょうか?
これでも、まだあなたは、「ロシアをみた中国が、これで、台湾の軍事進攻をあきらめるだろう。」と言っていられますか?
中国は、ロシアがウクライナ侵攻をしたように、半導体の集積地である新竹を爆撃するはずはありません。
また、台湾人を、無差別に殺害したりもしません。
それでも、中国は、相当な真剣度と戦略をもって、台湾進攻のXデーを計画し、欧米や日本もまた、そのXデーに備えて、半導体産業を守る防備を進めているのです。
これが、東アジアの中で、最もリスキーな、国際力学の最前線なのです。
最新情報の追記
本稿の内容に、2022年6月21日付けで、最新情報を追加します。
中国 新空母「福建」を進水
中国は、2022年6月に、3隻目の空母「福建」を進水した模様です。
福建は、リニアモーターを使い、短い甲板から頻繁に戦闘機を発信させる電磁力カタバルトを採用した、最新鋭の空母です。形状もステルス性が高く、その航行は探知がされにくく設計されています。
この空母の名称に注目をしたいと思います。
「福建」とは、台湾対岸の福建省にちなんでいる名称であることは明白で、中国が、台湾の軍事統一に対する強い意思をにじませた名称です。
機動性・機密行動性に優れた最新鋭の空母に、福建の名称をつけた中国は、本文で述べた台湾への軍事進攻の強い意思をはっきりと、欧米や日本に見せつけたと判断してよいでしょう。
本稿の著者
URV Global Mission Singapore PTE.LTD President
松本 尚典
- 米国公認会計士
- 総合旅行業務取扱管理者
米国での金融系コンサルタント業務を経験し、日本国内の大手企業の役員の歴任をえて、URVグローバルグループのホールディングス会社 株式会社URVプランニングサポーターズ(松本尚典が100%株主、代表取締役)を2015年に設立。
同社の100%子会社として、日本企業の海外進出支援事業・海外渡航総合サービス事業・総合商社事業・海外の飲食六次化事業を担う、URV Global Mission Singapore PTE.LTD(本社 シンガポール One Fullerton)を2018年12月に設立。
現在、シンガポールを東南アジアの拠点として、日本企業の視察・進出・貿易の支援を行う事業を率いている。
2022年1月に、サウジアラビアの首都リヤドに、グループの中東・アフリカビジネスの中核拠点として、リヤド中東アフリカ戦略センターを開設。