韓国クラウドビジネス編 第2話「ソウル視察出張」

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1.韓国 金浦空港 到着

ハロウインの喧噪も渋谷を去り、寒さが身に染みる季節になった。

株式会社バリューフェス 社長室コンサルティング・デビジョン執行役員の水谷隼人と、課長の山之辺伸弥は、羽田空港国際線ターミナルで、朝7時に待ち合わせをしていた。

山之辺は、朝6時には羽田空港に到着し、レストランで朝食を済ませて、水谷の到着を待ちあわせのゲート前で待っていた。住宅メーカーの営業マンだった山之辺は、仕事で、海外に出張するのは、これが、初めての経験だ。

出張が決まると、山之辺は、大学の卒業前に、一人で、アジアを旅して回ったときに作ったパスポートの有効期限を確認するところからスタートした。住宅メーカーで、トップセールスを張っていた山之辺には、仕事に入ってから、海外旅行にいくような時間的な余裕がなかったからだ。

山之辺は、GLU+社の営業幹部であるデビット朴部長との人脈を作り、その朴が日本に滞在する間に行った数次にわたる商談を基礎に、バリューフェスの事業構想の基礎的なプランを立案した。水谷が、これに対して、GLU+の企業情報調査と、IT専門家の見地からの、ビジネスプランの具体性と現実性・リスク評価についての意見を追加。

そのプランを、取締役デビジョンヘッドの阿部洋次が受け取った。

阿部は、水谷と山之辺に対し、ソウルに出張し、GLU+の現場を確認したうえ、更にディティールの事業計画と採算計画を策定する指示を行った。こうして、水谷と山之辺は、チームを組み、GLU+社との提携の現地調査のため、ソウルに出張することになった。現地の案内と商談の通訳として、山之辺をLGU+に引き合わせた李光名が、日本から同行する。

水谷、山之辺、そして李の3名は、全員が集合時間である午前7時の20分前には、勢ぞろいした。

午前9時過ぎ。羽田空港発の大韓航空機は、3人を乗せて、ソウル金浦空港に向けてフライトした。

「うわ! ソウルは、寒いですね。」
山之辺は、ソウル金浦空港から、タクシーに乗るために外に出た瞬間、首をすくめた。

ソウルの冬には慣れている李は、その様子に笑みを浮かべた。

「何しろ、ここは、緯度で、日本の新潟県と同じくらいですからね。東京より、ずっと寒いですよ。」

ニューヨーク暮らしの長かった水谷も、流石に寒そうだ。

「ソウルは、北朝鮮との軍事境界線である38度線から、近いね。かなり北に位置しているから寒いよね。」

ソウルの空の出入り口には、仁川空港(インチョン)と、金浦空港がある。仁川空港は、いまや、アジア最大級のハブ空港として機能しているが、ソウル市内からは距離がある。巨大空港であるため、LCC(ローコストキャリア)も多く離着陸するが、ビジネスで短時間にフライトする便に乗るには、羽田空港から、よりソウルに近い金浦空港に飛ぶほうが、時間を短縮できる。

李は、外国人相手の、黒い費用の高いタクシーを避け、韓国人が乗る一般のタクシーのトランクに、水谷と山之辺の荷物を積み込んだ。長年、観光ガイドとしても経験を積んでいる李は、こういうことにソツがない。タクシーは、猛烈なスピードと荒い運転で、ソウル市内に向かう。車は、漢江(ハンガン)沿いを走り抜け、ソウル市内へと入っていく。

山之辺は、タクシーの窓からの景色に目を凝らし、ハングル文字が躍る看板や、住宅を観ながら、助手席に乗った李に、様々な質問を浴びせかけている。この漢、とにかく、あらゆることに興味を示し、貪欲にソウルの事情を吸収しようとする、子供のような山之辺の好奇心に、水谷は、好感を覚えた。

水谷が、若者の部下を出張に連れてきても、彼らの多くは、出張目的の仕事以外では、スマホをいじりまわし、殆ど、その土地に興味を持とうとしない。タクシーや電車の中でも、東京にいるときと同じように、スマホを弄り回している。そして、食事を味わうよりも、写メで撮影し、友人や、SNSの友達に発信して自慢をすることにしか、興味を示さない。

しかし、それでは、その国の人々の暮らし方や、市場性を把握することはできない。

一方で、山之辺は、はじめて訪れた国の、自分が観るもの、感じるもの、すべてに興味を示し、土地に精通した通訳に、様々な質問を浴びせかけている。このような知的な貪欲性こそが、この漢の、仕事に厚みを与え、自ら考える力を生みだして、成功に導いているのだろうと、水谷は、頼もしく感じていた。

「今日のホテルは、動きやすさの点で、ソウルの中心地の明洞(ミョンドン)にとりました。GLU+の社員が、明日の朝、9時にホテルに車で迎えに来てくれます。明日は、GLU+のデータセンター内部を視察し、その後、昼食をはさんで、GLU+との商談が組まれています。今日は、ホテルにチェックインして荷物を置いた後、ソウルの中心部をご案内し、市場の視察のご案内をします。夕食は、明洞か南大門で食べましょう。今日は、ゆっくりして、明日に備えてください。」

李が、そう予定を説明した。

韓国ソウル

「ここが、明洞か・・・。いわば、韓国の原宿ですね。」
ユニクロの旗艦店がそびえる位置から、明洞を臨み、水谷は李につぶやいた。

「まさに、その通りです。ここは、日本の韓流ブーム時代には、日本人観光客のメッカのようなエリアでした。」

李は、水谷と山之辺を連れて、明洞を一回りし、そこから、徒歩で、南大門(ナムデモン)市場に向かった。南大門エリアに入ると、明洞のような日本語で日本人向けの表記を出す店は少なくなり、韓国の庶民が呑む店が軒を連ねる。李は、その奥に分け入り、ある店の前で立ち止まり、水谷と山之辺を振り返った。

「これ、すごいでしょ? 豚骨です。今夜、これで、酒、やりませんか?私、これが大好物でね。」

店の入り口に、豚骨の固まりが並ぶ、屋台のような店。李は、店の前に立っている女将さんと、親しそうに韓国語で話しだしている。

南大門(ナムデモン)市場 豚足

山盛りに盛られた豚足。
生のニンニクに、青菜と、グリーンの唐辛子。
キムチ。

ソウルの韓国料理の店は、とにかく、おかずが、無料で、席に着くなり、テーブルに次々に出されてくるのが特徴だ。

有料なのは、メイン料理の豚足と酒だけ。瞬くまに、テーブルを埋め尽くす韓流料理の品々に、水谷も山之辺も、目を丸くしている。

「成るほど。これでは、日本の焼肉店に、韓国の人が入って、少量のキムチでお金をとられたら、びっくりしてしまいますね。」

山之辺は、感心して、次々に放り出されるように、テーブルに運ばれてくる、無料の料理の勢いに圧倒されている。

「しかし、この量の豚足が、日本円にして、2500円でしょ?
これは、安いわ。三人で、これで、十分、腹いっぱいになりますね。」

水谷も、嬉しそうだ。

ビールではなく、李が、ボトルでとった眞露がガラスのおちょこに、注がれ、これで乾杯。山之辺は、一気に飲み干した。熱いアルコールが、喉を焼く。

店の表示は、ハングルで埋め尽くされ、韓国人たちの、機関銃のような会話で、店は充満する。

「アジア」という言葉が、本当に似合う、山之辺にとって、はじめてのソウルの夜だ。

「これから、面白くなりそうだ」

転職を決意し、バリューフェスに辿り着き、今、ソウルにいる自分。山之辺は、偶然の出会いが折り重なったところに、創り出される必然の運命を、眞露の味とともに、味わい尽くしている。

明日は、いよいよ、山之辺にとっての、初の海外ビジネスの視察と商談だ。

2.ソウル 商戦

ソウル視察出張
株式会社バリューフェスの一行がソウルに到着した翌日。

朝8時に、明洞の入口に位置するロアジールホテルソウルに着けられた黒塗りの現代(ヒュンダイ)製ワゴン車に、水谷隼人・山之辺伸弥、そして通訳案内の李光名が乗り込んだ。運転するのは、韓国の財閥 GLグループに属する、GLU+社の韓国人社員である。

車は、朝の混雑の激しい市内を抜け、漢江(ハンガン)の大橋を渡り、江南(カンナム)エリアへ、と向かう。李は、車の助手席に座り、運転手と韓国語で話しをしながら、時折、後部座席の水谷と山之辺を振り返り、運転手の話を通訳したり、車窓に展開する景色にコメントを加えたりしている。

車が、漢江を渡り終えた頃、李が、水谷と山之辺に、本日のスケジュールの説明をはじめた。

「今日は、まず、江南にある、GLU+の本社に向かい、営業部長のデビット朴さんとお会いします。そして、デビットさんの車の先導で、GLU+の江南データセンターを視察します。

ここが、山之辺さんが、企画した今回のバリューフェスさんの事業の、キーエリアです。

お昼のお食事を挟み、GLU+の本社に戻り、会議室で、提携の商談となります。お昼は、GLU+から、ご招待をいただいています。」

「ところで、この江南は、日本の東京で例えると、新宿西口や品川のようなエリアです。ソウルの中心地は、今回、我々が宿泊しているソウル駅周辺の明洞や南大門です。大統領府である青瓦台、歴史的にみると李朝朝鮮時代の宮廷である景福宮(キョンボックン)が集中してありまして、その周辺が、ソウルの中心地です。

一方、漢江を渡った南側のエリアは、新しいビジネス街です。」

山之辺は、江南に入った車の車窓から、近代的なビルの立ち並ぶ街並みを食い入るように眺めて、呟く。

「韓国の国旗や、看板がなければ、この街が韓国とはとても思えないな。」

GLU+は、その江南に、高層の建物で本社を構えている。韓国第二の財閥である、GLグループの一角を構成する大企業として、GLU+は、その威厳をこのビルからも、ソウルの街に発信している。しかし、よく見ると、「超」がつくほど近代的なビルの横の道には、今にも崩れそうな民家の立ち並ぶ路地もある。そこには、貧しい人の暮らしも垣間見れる。

これが、この国の、どうしようもない格差か・・・。山之辺も、そう感じ取らざるをえない。

日本にいると、日本のメディアは、「韓国人」という、一括りのイメージを発信する。その発信される「韓国人」のイメージは、愚かしいほどに反日的であり、直情的であり、非合理的な人種をイメージさせるものばかりだ。

もう一方で、日本女性向けに発信される韓流ブームの芸能人などの情報は、日本向けに形成された人。エンターテイメントビジネスのバイアスがかかった、韓流イメージに過ぎない。

しかし、少なくとも、山之辺が、今回の商戦で、自分の商談相手として交渉したデビット朴は、どう見ても、日本で報道される韓国人とは異質だった。

ソウル大学の経営学部を卒業し、財閥であるGLグループの企業に入り、30代で部長職まで昇進したというデビット朴との商談を通して、山之辺は、韓国社会の上層部のエリートとは、こういう人たちなのだということを学んだ。一言でいえば、日本人以上に欧米的な商談の仕方をする。風貌も、言葉遣いも、商談スタイルも洗練されていた。奥さんは、同じく、ソウル大学出身で、こちらも、別の韓国の財閥系企業で働いている。子供は、作らないという。

朴と、山之辺は、共に、韓国と日本のエリートビジネスマンとして、非常によいコンビだった。商談のスピードは速く、しかも、細部に至る綿密な情報に基づくビジネスモデルの構築が、この二人の間では、どんどん進んでいった。

デビット朴のお陰で、山之辺は、阿部取締役に提出した、非常に説得的なビジネスモデルの構築を、スピーディに行うことができたのである。

車がGLU+本社ビルの車寄せに滑り込むと、そこには、運転する社員から連絡を受けて待機していた、デビット朴部長が、満面の笑みで、日本から来た、バリューフェスの一行を出迎えた。

まず山之辺が車の後部座席から降り、朴部長と固く握手を交わし、ソウルでの再会の慶びを交えた挨拶を交わす。李が、水谷執行役員をデビット朴に紹介する。

挨拶の後、一行は、朴が運転する黒塗りのベンツに先導されて、本社近くの、GLU+江南データセンターに向かった。

江南

デビット朴に伴われて、一行は、GLU+江南データセンターの入口から、厳重なセキュリティゲートを通過。朴は、まず、このセンターの心臓部ともいえる、自家発電施設を見せるという。一部の、権限を有するGLU+の社員しか通過できない警備が厳重な入口から、地下に向かうエレベーターホールへ。乗り込んだエレベーターは、地下15階に直通で向かった。

「一体、ここは何だ?」

IT業界に長く、アメリカや日本のデータセンターを数多く見てきた水谷が、まず、驚愕の声をあげる。デ-タセンターという施設自体に入るのがはじめての、山之辺や李も、その光景に目を見張った。

地下15階に建設された巨大な自家発電施設は、まるで軍事施設の核シェルターだ。

見たこともない巨大な発電装置をはじめとする、夥しい設備を前に、日本から来た全員が、言葉を失う。おそらくは、朴も外部者には説明できないセキュリティに関する装置が稼働しているのであろう。

説明をはじめたデビット朴の言葉を、慌てて、李が日本語に通訳する。

「韓国の財閥は、軍事政権時代から、韓国軍の軍需の担い手として、国家とともに成長をしてきました。

GLU+は、現在も、国家、とりわけ、韓国大統領府、韓国政府、そして、韓国軍の軍部の情報基地を担う企業でもあります。仮に、敵国からソウルが核攻撃を受けても、このデータセンターは、それに耐えられる構造となっており、しかも、完全な自家発電によって、クライアントに必要な電気の供給を、仮に韓国が戦争に突入しても、継続することができます。

現在でも、韓国軍は、常に、世界で最も激しいサイバーテロの標的とされております。それに耐えられるセキュリティ体制を、このセータセンターは、GLグループの威信をかけて、維持しています。

この発電施設は、その象徴ともいえるエリアです。

私たちは、日本の民間のデータセンターとは、全く異次元のセキュリティ体制で自己防衛をしています。そのため、この施設は、ソウルという、軍事的には非常にリスクに高い都市にあるからこそ、世界で最もセキュリティレベルの高いデータセンターになっています。」

地下深くに聳える、一般人を拒絶した、核シャルターに護られた巨大な発電やセキュリティ施設は、日本には既に消えてしまった、「財閥」という、軍産複合体の緊張感と威力を、バリューフェス一向に見せつけた。ここが、北朝鮮や中国という、韓国と常に緊張関係に立つ国家に近い、ソウルというエリアであることを、一行は、再度、思い知らされた気がした。

元来た、エレベーターを使い、地上に戻る。一般のクライアントが使用できるエリアから、朴は一行を、建物上階の、データセンターエリアに案内した。

そこには、今、地下で見た物々しい施設と同じ建物内とは思えないほど、欧米的な空間が広がっていた。

サーバーの稼働を守るための完璧な空調。
業務を行う技術者の効率を考えて、独自設計されたサーバーラック。
技術者のユーザビリティを優先したつくりになっている空間。

更に、建物最上階には、技術者が常駐できるユーザー企業専用のレンタルオフィスが完備されている。レンタルオフィスは、ゆったりとしたフィットネスセンターやレストランが常設され、これも、座りっきりで仕事をしがちな、IT技術者には歓迎されそうだ。

その立場の仕事が長かった、水谷は興奮気味に語っている。

「これは、便利だよね。データセンターは、サーバーを常設する。そのため、何かあった時のために、技術者がすぐに仕事ができるように、企業のハード部門をここにおけるようにしてあるんだね。この構造は、非常によい。これだけの、ユーザビリティの高いデータセンターは、日本では見たことがない。」

水谷も、山之辺も、言葉には出さなかったが、GLU+江南データセンターの、韓国企業とは思えないクオリティとユーザビリティの高さに、内心、驚いていた。

「これは売れる。これを売るためには、ここを、日本人の経営者や技術部門の意思決定者に見せる必要がある。」

山之辺は、既に頭の中に、自分の日本で描いてきた企画に、何を付加すべきかを、考えていた。

昼食は、朴が、予約した参鶏湯(サムゲタン)の有名店でのランチだった。その和やかな休憩を挟み、デビット朴を上座にする韓国GLU+の海外事業チームと、水谷を上座にするバリューフェスチームが、GLU+本社の会議室で向かい合った。

まず、はじめに、朴が、映像をまじえ、財閥から発展したGLグループの歴史と、現在の規模をプレゼンする。そして、次に、水谷が、大井川秀樹が創業し、日本の東証はじまって以来の短期間で、上場を果たした、株式会社バリューフェスの紹介のプレゼンを行う。特に、バリューフェスが、通信機器の商社であり、ビリングシステムで、日本企業10万社の企業顧客と取引をしていること。更に、その企業にバリューフェスの営業担当と技術サポート担当が張り付いていること。これに対し、GLU+のメンバーは身を乗り出した。

日本のマーケットでは、韓国企業としてイメージが圧倒的に劣勢故に苦戦を強いられているGLグループとしては、バリューフェスの営業網は、非常に大きな魅力であった。このアピールを通して、山之辺は、自らの描く事業の競争力を確保するコスト面の交渉で、有利な条件を、GLU+から引き出したいと狙っていたのだ。

クラウドビジネスがインターネットサービスの主流となり、そのサービスの提供には、クオリティと安定性が高く、コストが安いデータセンターが不可欠だ。

山之辺の事業計画のプランは、次のようなものだった。

バリューフェスは、GLU+社からGLU+江南データセンターの一角のスペースを一括して纏めて借り受け、同時に、最上階のレンタルオフィスに、サーバーサポートセンターを設置して、サーバーの技術サポートを行う体制を作る。

そして、このエリアを細分化して、日本のIT企業に、サポート付データセンターとしてレンタルする。

水谷は、この山之辺の事業計画の現実性を検証するため、自分の古巣の大手企業 日本IGMの技術者に依頼し、東京とGLU+江南データセンターの間のデータ通信速度や通信量を検証した。

日本と韓国の間の通信体制は、その政治的な倦厭関係とは裏腹に完璧で、仮に、シンクライアントのような常時の接続通信サービスを24時間、使用し続けても、その通信速度に、全く遜色がないことが、日本IGMの技術者によって検証された。

問題は、価格であった。
GLU+江南データセンターから、魅力的な価格を引き出すことが出来るかどうか、である。

通信速度や量などのインフラ、そしてセキュリティ体制は、十分であった。これに加え、日本のデータセンターや香港・台湾などのデータセンターを遥かに下回る価格が実現できるレベルにGLU+への仕入れ条件を引き出すことに、成功できれば、あとは、バリューフェス内部の営業努力で、この商戦を勝ち抜くことができる。

GLU+も、悪化する日韓関係の中で、日本企業に同社のサービスを提供する手段に苦しんでいるはずだ、と、山之辺は読み、非常に強い価格ネゴシエーションを、朴に対して仕掛けていた。

朴は、端的に価格の呈示に入った。中心論点から、スタートするところも、朴が、非常に欧米的なビジネス感覚を持っていることの、証だ。

山之辺が要求する価格条件を全面的に呑み、バリューフェスとの提携を進める、強い決意を朴は、スタート段階で示したのだ。

日韓関係が良好であったなら、到底、このような価格は合意できなかっただろう。外部環境の逆境が、大きな突破口になったといえる。

商談の帰りの車は、GLU+の送迎をお断りし、一行は、タクシーでホテルに向かった。
ホテルに戻ると、水谷と山之辺は、二人で、ホテルのロビーで打合せを開いた。

「今後の課題は、日本企業の韓国や、韓国企業に対するイメージ問題を、どう克服するか、ですね。」

山之辺が口火を切った。

「これは、日本企業で、データーセンターユーザー企業の視察旅行を組み、LGU+江南データセンターを実際に視察させるのがいいだろうね。IT業界にいて、データセンターを知っていればいる人ほど、LGU+江南データセンターを実際に見せれば、そのすごさは伝わるよ。」

水谷は、こう応じた。

今回、GLU+側も、バリューフェスの社員が同行する視察で、視察企業参加者のパスポート確認による身元の特定と、LGU+社の社員が案内に同行すること、撮影を禁止することを条件に、地下の発電エリアを含む、全体を視察団に見せることを了解した。

あとは、バリューフェスの各営業部の営業協力と、プロモーション予算が確保できれば、集客はできると、山之辺も読んでいた。

明日、水谷は、朝の便で、東京に帰り、阿部取締役に、成果と今後のスケユールを報告する。阿部と水谷の役割は、バリューフェス役員陣の企業内政治を掻い潜りながら、バリューフェスの全営業組織に、このサービスの販売をいかに協力させるか、にある。この点は、大井川秀樹会長に、この事業の提案を行い、大井川の鶴の一声で、全社の協力を動員することが、肝要だ。そうすることで、社長の坂田を中心とする、アンチ阿部の役員勢力の妨害で、現場が動かなくなってしまうことを封じることができる。これが、阿部と水谷の最大の役割だった。そして、山之辺は、この企画の総仕上げを完成させ、部下を動員して、サービス設計を行い、バリューフェス全社の営業社員への情報提供が販売支援策を実施。更に、検討企業のキーマンを率いての視察旅行などを確実に実行すること、そして、ご契約をいただく企業様へのサービス提供を確実に遂行することが任務になる。

役割分担を確認しながら、山之辺は、既にこの商戦の勝利を確信していた。

後は、動くのみ。山之辺がバリューフェスに来て、初めての大きなプロジェクトは、大きな突破口を見出した。

3.城塞都市 水原

城塞都市 水原

株式会社バリューフェスの一行は、ソウルでのGLU+との商談で、今後の事業の方向性を見出した。GLU+との商談の翌日、執行役員の水谷隼人は、取り急ぎ、日本に帰国することになった。商談の成果を、東京で待つ阿部洋次取締役に報告し、バリューフェスのトップである大井川秀樹の支援をえながら、バリューフェス全体の協力体制を取り付ける動きを急がねばならないからだ。

水谷は、帰国の日、ソウルの明洞で朝食をとると、早々に、荷物をまとめた。通訳案内の李光名がホテルで手配したタクシーの助手席に乗り込み、山之辺伸弥も、水谷と並んで後部座席に座った。

タクシーは、スピードをあげて金浦空港に向かった。水谷が帰国の時間を見計らい、阿部は、大井川社長との会議を設定しているはずだ。

手土産は、搭乗口付近のショップで買うよ、と言いつつ、そそくさと出国審査に向かう水谷を、空港の検査場に見送った李と山之辺は、そのまま金浦空港のバスターミナルに向かい、ハングルで行先の書かれた、一本のバスに乗り込んだ。その日から2日間、山之辺は、バリューフェスに入社してはじめての連休の休暇を取得したのだった。

バリューフェス入社以来、山之辺は、土日祭日の突貫で、自分の個人人脈との面会を続けた。そして、GLU+との接触後は、事業企画の立案を不休で急いだ。

山之辺が、これまで務めていた住宅メーカー業界は、土日や祭日が、まさに、顧客を獲得する絶好のチャンスのタイミングになっていた。顧客への提案が重なり、商談までに提案書や見積書などを準備し尽くさなければならない山之辺の仕事には、休暇など、全く存在しなかった。いわば、究極の「ブラックな職場での働き方」だったのだが、山之辺は、それを苦しいと思ったことは一度もなかった。自分が選んで入った仕事であり、周囲の営業マンに圧倒的な差をつけることを目指した山之辺にとって、会社から休暇をとれ、などと命じられること自体が、逆に、はなはだ迷惑な話だったのだ。

このような環境の中、若いエネルギーに任せて、ほぼ不休で、三年間、住宅メーカーで仕事をつづけた山之辺にとって、バリューフェスに入社した後に、休暇を取得しないで働き続けること自体、別に、苦痛でもなんでもなかったのだ。

そんな山之辺の働き方を、阿部は、黙ってみていた。そして、山之辺にとって、はじめての韓国出張が決まったとき、阿部は、さりげなく山之辺に、こう言った。

「山之辺くん。君は、韓国、はじめてだろ? 今後のためにも、商談が終わったあと、数日、韓国で休みをとって、韓国を好きに観光してこないか?後学のためにもなるし、いい気分転換にもなるだろう。」

そうして、その山之辺の休暇中の、李の通訳人件費や、宿泊費用の経費を、阿部の裁量で、経費として認めた。現地での休暇をとるため、出張手当は、勤務の日数分しか支給できなかったが、向上心の高い山之辺は、この阿部の心遣いを、とても喜んだ。

水谷は、その阿部の清濁併せ呑む発想と、人心掌握術に、舌を巻いた。

山之辺のような、猛烈ビジネスマンにとって、無理やり、休暇を消化させて休ませるなどということをしても、本人のモチベーションに水を差すだけだ。やらなければならない仕事が山積していれば、無理に、休暇を消化させれば、仕事に無理が出てしまう。そうであれば、大きな仕事が終わった後の、出張先で休暇を与え、海外で見聞を広めさせながら、同時にリフレッシュさせれば、その後の本人の成長にとっても、非常に有意義な時間となるだろう。

「そんなことをしてよろしいのでしょうか?非常にうれしいです。」

山之辺は、喜んで、阿部の好意を受けた。山之辺は、李に相談しながら、その韓国での、その休暇で、ソウルから水原(スウォン)に、李と男二人旅をすることにしたのだ。つまり、李が、山之辺を連れて乗り込んだバスの行先は、水原だった。

水原市は、京幾道の道庁所在地である。金浦空港を発したバスは、高速道路を走行し、水原に向かった。

水原は、ソウルの南に位置する。北朝鮮との国境に近いソウルは、東京以上に安全保障上の問題が大きい。そのため、韓国政府は、水原や、大田(テジョン)に、首都機能を分散している。特に、韓国最大の財閥企業、サムソンも、水原に本社を構えていることを、知らない日本人は多い。

だから、水原は、韓国第二の都市である釜山(プサン)と並び、韓国の重要なエリアであった。日本人観光客も多いソウルに比べ、日本人は格段に少ない。

ソウルには、李氏朝鮮時代の景福宮などの「都」としての歴史的な観光地が多い。一方、水原には、水原華城がある。ユネスコ世界遺産にもなっている水原華城は、ユーラシア大陸型の城塞であり、水原は、日本にはない、「城塞都市」であった。

日本の城は、鉄砲伝来前の山城であれ、江戸時代の平城であれ、戦争では、戦闘部隊である武士団が籠城し、敵方がそれを取り囲んで攻め落とすという発想の元で増築されている。したがって、敵襲があった場合、庶民は城の外に取り残され、侵略軍から乱取りなどの乱暴狼藉を働かれた。戦国時代、大量な日本人が奴隷として、世界に売られたのは、このような日本の城郭の構造と無関係ではない。一方で、日本の場合、侵略軍は、戦闘になれば城の外に取り残される村落を、早期に味方につけ、名将ほど、侵略前から、勝ち戦の戦後処理の準備を開始できるメリットがあった。つまり、籠城して命をかけて戦うのは、武士団だけであり、庶民は、早々に、強い敵に寝返ってしまうことになる。だから、総力戦となった場合の損害は、主に戦闘集団だけという、経済的には非常に効率のよい戦争が可能となった。

一方、中国や大陸型の城郭は、街をすべて城壁で囲い、侵略に対して、街ごと籠城し、敵を迎え撃った。そのため、敗北をすれば、街ごと焼き払われるといった甚大な被害が出る。だから、ジンギス・カンのようなユーラシアの侵略軍は、進行地域すべてで、大量殺戮を行わざるをえなくなり、敵を迎え撃つ総力戦が可能になる半面、敗者の経済的な復活は絶望的となった。

これが、日本の城郭と、ユーラシア型の城郭の違いだ。

水原華城は、日本から一番近い、ユーラシア型の城郭だ。李の説明に、水谷は、是非、その水原華城の城壁を歩いてみたいと、李に案内を依頼したのだった。

水原華城

その夜、李と山之辺は、この地が発祥とされる骨付きカルビの店を梯子した。山之辺にとって、海外で、のんびりと時間を過ごすのは、大学の卒業旅行以来、はじめてだった。

カルビの油が、炭に滴り、炭が炎をあげて燃え上がる。その炎を消火する氷を網の上に投げ込んでも、燃え上がる炎は収まることを知らない。

李が、山之辺との酒席を盛りあげようと、おどけて、気のよさそうな店の中年の女性店員を、韓国語でからかい、腰に手を回す。日本の普通の焼肉店で、こんなことをすれば、セクハラまがいの行為として大変なことになるわけだが、韓国の地方の街では、女性の店員も、極めて呑気なものだ。

そのまま、李の隣の席に座り込んで、ビールを飲み始めてしまう。山之辺が気を遣い、その女性に、そっと10万₩(日本円で約1万円)を渡すと、彼女は、おおきな嬌声をあげ、さっさと李の隣の席を離れ、山之辺の隣の席に座りこみ、若い山之辺に抱き着いた。

こういうことに慣れていない、日本男子の山之辺は、突然のことに、目を白黒させている。

「あらあら・・・。山之辺さんに、もってかれちゃった。
お金のあるヒトには、かなわないわ。」

李が、おろおろする山之辺を観て、山之辺をからかう。こんな光景の中には、日本で報道されている反日など、どこにも見当たらない。山之辺はそう感じた。

山之辺が帰国をし、出社をする頃には、阿部と水谷が、大井川の支援をとりつけているだろう。そうなると、いよいよ、GLU+との提携する事業が現場で動き出す。そう思い、その期待と、ビジネスの夢に、心が躍る、今夜の山之辺であった。

続く

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