副業飲食編 第2話「店舗設計」

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その翌週の金曜日。東京の冬の空は高く、澄み渡っていた。
その日、山之辺伸弥は、バリューフェスで、珍しく有給休暇をとっていた。

そして、山之辺は姉の優紀とともに、午前10時きっかりに、三洋銀行銀座支店に訪問した。優紀が代表を務める株式会社花月が、空中店舗用に借りるビルの、賃貸借契約を締結する日である。

通常、店舗や住宅の賃貸借契約は、不動産賃貸借契約を仲介する不動産会社の店舗で行われる。しかし、今回の、銀座にある店舗用不動産物件は、権利金だけで数千万円に及ぶ高額な物件のため、契約に伴う権利金授受の資金を、優紀が持ち歩くことはできない。そのため、賃貸借契約は、借主の資金調達の実行と同時に銀行の支店で行われることになった。

数千万円・数億円が動く、不動産の売買では、このような契約の方法をとることが多い。今回は、賃貸借契約ながら、不動産の売買契約の締結のような体制で行うことを、山之辺は希望したのだ。

山之辺が以前、勤めていた積山ホームが属する系列の、主幹事銀行である三洋銀行から、今回の事業に対しては創業融資が実行され、本日、山之辺優紀が代表取締役となる株式会社花月の三洋銀行の普通預金口座に振り込みが行われる。借入金が大きいため、代表取締役の優紀に加え、固定の給与所得がある山之辺伸弥も、連帯保証人となることで、信用保証協会の了承をえられ、三洋銀行からの融資が決まったのである。

不動産の仲介をする株式会社銀友不動産が、不動産物件の管理不動産業者である。通常の賃貸借契約であれば、賃貸業務専門の女性スタッフが契約を担当するが、今回は、権利金の額が大きく、かつ、三洋銀行の支店で契約が行われるとあって、銀友不動産からは、社長の増田が出てきていた。

増田は、銀座で、長年、営業をしている不動産業者だけあって、賃借人である山之辺や優紀、そして、三洋銀行に対する対応は、非常に丁寧な、中年の男であった。

関係者が揃うと、儀式が開始された。

増田が宅地建物取引士証を机上に提示し、既に、山之辺にコピーがPDFでおくられていた、重要事項説明書の確認の読み合わせが、最初に行われた。不動産契約においては、宅建業法により、契約前の宅建士による重要事項説明と、署名捺印が義務付けられているのである。

これが終わり、山之辺と優紀から特段の質問がでないことを確認し、増田は契約締結に進んだ。

契約が締結され、山之辺が三洋銀行の担当者に、契約締結・融資事項了承の意思を伝える。これで、銀行が、融資の実行に進むのだ。融資金額の一部が、直接、銀友不動産の口座に振り込まれ、残りが、株式会社花月が、新しく三洋銀行銀座支店に開設した口座に振り込まれた。

当初に想定され、綿密に打ち合わせが進められたとおりに、大きな資金が流れていく。

住宅営業で、金融の流れに慣れている山之辺も、自分が連帯保証をする数千万円の融資の実行には、流石に、緊張をした様子である。まして、優紀にしてみれば、初めての会社の社長就任と、借入である。優紀の美しい顔が、今日は緊張で引き攣っていた。

すべての手続きは、45分程度で終了した。

山之辺は、優紀の緊張を次の打ち合わせまでにとくため、優紀を昼食に誘った。

銀座四丁目のコアビルに入る、つばめグリルで、早めの食事を済ませた、山之辺と優紀。
彼らは、午後12時、先刻、契約を終わらせた物件に行き、引き渡された鍵で、ビル5階フロアーの中に足を、はじめて踏み入れた。

銀座並木通りから、みゆき通りに入った一等地の品のいい場所に、そのフロアーの入るビルはある。

銀座並木通りのウオータービルの高級クラブでナンバーワンを張っていた優紀が、そのお客様や、知り合いのクラブのママさんを呼ぶには、最適な立地であると山之辺は考えていた。

フロアーは、以前の借主が原状回復し、スケルトンの状態になっていた。スケルトンから工事を行うのは、非常にコストがかかる。しかし、反面、前の店の居抜きとは異なり、自由に店を作れる。その意味で、今回、イニシャルコストは、非常にかかるが、あえて、山之辺は、スケルトン渡しの物件にこだわった。

まもなく、フロアーに、髭を生やしたデザイナーらしい風貌の男性と、アシスタントの20代の女性が入って来た。

株式会社店築設計の山本昭社長と、アシスタントの白鳥さなえである。

山之辺は、積山ホーム時代、何棟かのビル物件を受注した経験がある。その中の一棟で、建築主の息子さんが経営する、レストランの店舗の内装を受注したことがあった。

その時、山之辺が、積山ホーム協力会の建築会社の社長から紹介をされた、店舗内装の専門デザイナーが、山本だった。店舗デザインセンスも高く、スピードもあって、納期を確実に守ってくれた。建築主のオーナーからの評価の高い仕事をしてくれたと、山之辺は評価した。

その山本が、今は独立し、株式会社店築設計を経営していることを知り、今回、銀座の店舗の設計と施工管理を、山之辺は山本に依頼したのである。

既に、山本は、物件オーナーの好意で、フロアーの詳細な図面を受け取り、契約前から物件に立ち入って、計測や基礎調査を終えていた。そして、優紀の要望や、厨房・ホールの動線、山之辺の事業採算計画をベースに、店舗の平面図を書き上げていた。

今日は、引き渡された物件の現場で、プランの再確認と、具体的な広さを、優紀に把握させるための打ち合わせである。

山本が描いた図面では、厨房を囲う形で、カウンター席が13席。4人掛けの掘りごたつ式のこあがり席が2席。満席状態が、21名というプランである。

現在の店舗では、客は一席づつ空けて座ることを想定するので、実際は、カウンターに入るのは9名程度、こあがり席は6名程度が平均の満席状態であると、山之辺は事業計画上、想定していた。これを一晩で2.5回転させ、客平均単価15,000円を超えさせられるかが、大きな挑戦と山之辺は読んでいた。

これが達成できれば、年商1億円を超える店舗を作り上げられる。

普通の小料理屋では、客単価は5000円程度である。しかし、今回、山之辺と優紀が想定している銀座の夜で活動する最上級の客層は、一晩で、客単価100,000円以上を使う客層というペルソナだ。このレベルの客層を呼び、この店で、平均15,000円を使っていただける、そのような店づくりと、メニュー構成で勝負をすることを、山之辺は目標としていた。

そのための、あらゆる手段を、ここで繰り広げる予定だった。

一日に2.5回転を回すためには、クラブの同伴前の開店から20時30分までの時間帯で、まず一回転させる。そして、クラブの営業がひける24時以降で、更に、一回転。その間の時間で、店を0.5回転させる必要がある。営業時間は、17時30分のオープンで、午前2時30分まで。

この回転を維持しなら、常連客を飽きさせず、楽しませる仕掛けが必要だった。

これが、山之辺が立案した事業採算計算の基本で、山之辺は、山本に対して、これに耐えうる料理を出せる厨房設計と、ホールの高級感の演出を依頼していた。

山本は、既に、店の内装仕上げの素材選定から、厨房の動線から導ける厨房の設計まで、詳細な案を準備してきていた。

契約の時の固くなっていた緊張感はとけ、優紀は、活き活きと、現場になるフロアーで、山本が準備してきた平面図面や立面図と、実際の現場を見比べながら、具体的な厨房の動線や、料理の手際を確認し、山本に意見を出していった。そして、店舗デザインの希望を山本に注文した。

3時間を超える打ち合わせの結果、山本は、修正点を完全に掌握したようだった。ここから最終的なプランとデザインを早急に決定し、最終的な見積もりを積算するスケジュールが決まる。

山之辺は、これを基本に、工事のスケシュールに狂いが出ないかどうか、山本に念を押した。

既に、契約が締結され、オーナーに呑んでもらった、一か月のフリーレント期間経過後から、膨大な賃料が発生する。

店舗の開店は、資金の制約から来る、時間との闘いである。
その闘いが、現場で始まる緊張感に、山之辺は、武者震いを隠せなかった。

続く

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