世界遺産ボロブドゥール遺跡は、奇蹟的に今に残った

世界遺産 ボロブドゥール遺跡

ユネスコ世界遺産に指定されている、インドネシアのジャワ島 ジョクジャカルタにあるボロブドゥール遺跡は、インドネシア観光の目玉です。

世界最大級の石造りの仏教寺院遺跡で、そこに近づくとその規模に圧倒されます。

観光地として、皆さんもインドネシアに行けば必ず訪れる場所ですし、御覧になった方も多いのではないでしょうか?

この遺跡の様子などは、様々な観光ガイドやサイトにも紹介されています。

しかし、このコンテンツではもっと深い部分に掘り下げて、このボロブドゥール遺跡を見てみたいと思います。

結論から言いますと、僕は、ボロブドゥール遺跡が、今にその姿を残したこと自体が奇蹟に近いことだと思い、かつその奇蹟がおきたところからインドネシア、そしてアジアというものを考える、大きな視座を得ることができると思っているのです。

イスラム教の中に、生き続ける仏教やヒンドゥー

インドネシアのボロブドゥール遺跡だけを切り取ってみると、インドネシアというのは、歴史的に仏教文化が強い影響を及ぼした国だと錯覚するでしょう。

しかし、島が点在し、その東西の広がりが、アメリカ合衆国の広さに相当するインドネシアの端々までめぐると、この国が今、完全なイスラム教の国であることを感じ取ることができます。

各エリアには、モスクが立ち並び、人々の生活は、ムスリムのそれで動いています。

統計によれば、インドネシアは、国民の9割がイスラム教の国です。

従って、宗教的には、インドネシアは、サウジアラビアなどの中東やマレーシアに近い国と言えます。しかし、その視線で、インドネシアをみてみると、インドネシアの風景は、中東のそれとは大きく異なります。

強い一神教を貫くイスラム教では、偶像崇拝を徹底的に嫌います。アラー以外の偶像に対する祈りの場を、徹底的に排除するのが、イスラムの統治方法です。

従って、中東の国や、マレーシアでは、他の宗教の寺院や教会は存在しません。

ところが、インドネシアにいくと、そこには今も破壊をされずに、ボロブドゥール遺跡が残っています。

それだけではありません。

バリ島は、島全体がヒンドゥー教の雰囲気が漂い、古代インドの面影が、今のインドよりも残っています。

何故、イスラム教が支配する国で、インドネシアだけが、ボロブドゥール遺跡やヒンドゥー教の寺院遺跡が、今に残ったのでしょうか?

こんなイスラム教の国は、インドネシアを置いて他にはありません。

インドネシアの成立の歴史

この問いに対する答えの中に、インドネシアという国の性格がよく現れると、僕は思っています。

ここでは、一旦、インドネシア成立までの歴史にさかのぼって、話を進めたいと思います。

今のインドネシアは、もともと今のマレーシアと、非常に同質性の高いエリアです。マレー語とインドネシア語は、もともとはオーストロネシア語族という言語が同質なエリアなのです。

僕は、マレー語もインドネシア語もまったく使えませんが、以前、日本語とこの両言語を使いこなす通訳の日本人の方にお世話になって、仕事でご一緒した折、その方から、次のようなお話をお聴きしました。

「インドネシア語は、マレー語としても、そこそこ通じるのです。でも、単語では共通していない単語がたくさんあります。

文法的にも、ちょっと違うのです。

私は、マレーシアに住んでいて、マレー語を最初に習得し、そこからインドネシア語に勉強を進めて習得しました。」

このような同質的な言語を持つエリアが、別の国になったのは、近代の欧米列強の進出の中で、別の国による支配を受けたからです。

マレーシアはイギリスに支配され、インドネシアはオランダに支配されました。言葉が変わったのも、イギリスとオランダの支配になってからです。

インドネシアは、広大なエリアに跨る島国ですが、この島々は、長い間まったく別々の文化と言語に分かれていたエリアでした。実際、現在でも、インドネシアには、300を超える言語が国内に存在しているそうです。

5世紀から15世紀にかけての1,000年の間、ヨーロッパが中世の眠りについている頃、インドネシアには、ジャワ・スマトラ・ボルネオなどの島に、王国が誕生していました。

しかし、それらの王国も、今のインドネシアを統一するような力を持っていませんでした。

そこに、ポルトガルを抑えたヨーロッパの新興勢力、オランダが到来したのです。

オランダは、インドネシアの諸島を統一し、現地の人たちにも教育を施しました。優秀なインドネシアの人は、オランダの大学に留学もするようになりました。

ここから、インドネシアに統一の機運が起きました。ヨーロッパ流の国民国家観を学んだ人たちが、インドネシアの統一を目指し、インドネシア語を共通言語に据えて、インドネシアという統一国家を創る機運が生まれたのです。

インドネシアは、文明が混合して生き残る、アジア的な性格が最も色濃い

この歴史をみてわかる通り、インドネシアという国は、島々の多様な文化や宗教を包摂して、統一国家を創った国です。その中の一つが、イスラム教で、現在は、国民の9割を占めるイスラム教も、この国に包摂された要素の一つです。

そのため、この国のイスラム教は、中東のイスラム教よりもずっと穏便です。

イスラム教伝来前からあった、仏教やヒンドゥー、そして土着の文化を破壊することなく、この国に根付いたのが、インドネシアのイスラム教です。

今、僕たちが、インドネシアに行くと、その緩い雰囲気を楽しむことができます。

ボロブドゥール遺跡のような南方仏教の仏教寺院が残り、バリ島にいけば、島全体にヒンドゥー教の香りが残っています。

仏教も、ヒンドゥー教も、イスラム化して独特の形で、この国に残っています。そして、古代に影響を受けたインドの香りも、根強く残っています。

現在のインドには、古代インドの香りはまったく残っていませんが、寧ろインドネシアにはそれが残っているのです。

アジアのヨーロッパに対する違いは、文明の包摂力だと、僕は思います。

キリスト教や、イスラム教という一神教の強い影響を受けたヨーロッパは、異分子破壊的であり、文明の包摂に否定的です。

一方、アジアは外来する文明を受け入れながら、それを土着の文明と融合して包摂し、独特のミックスの文化を創り上げます。

その意味で、インドネシアは、非常にアジア的であり、多様性のミックスを許す緩さが、我々に心地よい癒しを与えてくれる国だと、僕は思います。

続く

本稿の著者

松本 尚典
URVグローバルグループ 最高経営責任者兼CEO

松本 尚典

  • 米国公認会計士
  • 総合旅行業務取扱管理者

日本の大手メガバンクから社費留学で、米国の大学院に留学し、MBAを取得。
その後、ニューヨーク ウォール街で、金融系経営コンサルタントとして11年間活躍する。米国公認会計士。
リーマンショックの前年、2007年に日本に帰国。
その後、自身で投資する企業をグループとして、URVグローバルグループのオーナー最高経営責任者に就任。現在も、世界各国の事業で活躍中。
URVグローバルグループは、ASEANの拠点として、シンガポールに、URV Global Mission Singapore PTE.LTDという現地法人を持ち、かつグループパートナー会社によって、ベトナムのホーチミン・ハノイに、日本式焼肉事業を展開する。
松本は、次なる進出先として、ASEAN最大の国家であるインドネシアの情報収集を、シンガポール・ベトナムを拠点に進めている。

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