ニューヨークウォール街ビジネス始動編 第3話「仕手の稼働」

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インサイダー情報

新大久保の裏通りにある雑居ビルの地下室にある柳原探偵事務所。

古い木製の机の上には、山盛りになったタバコの吸い殻の火に、コーヒーをかけて消した、すえた匂いが立ち込めていた。

その机に脚をのせて、柳原健一は、電話の先に繋がる、ニューヨーク ウォール街の、松木陽介から依頼を受けた報告事項の調査レポートを、指でつまみ上げた。

その約20日前、松木は、柳原に、日本のプライム市場上場企業 株式会社バリューフェスの取締役会メンバーの勢力関係、大株主との繋がりなどの、インサイダー情報の調査を極秘に依頼していた。

松木を、バリューフェスの一行が訪問する前日に、「トカゲ」という柳原の使う暗号名の人物から、「獲物が捕獲できた」という伝言が、松木の秘書に告げられていたのだ。

柳原は、ロングピースに火をつけると、その紫煙を口に吸いこみ、吐き出しながら、受話器に向かって、話しはじめた。

「バリューフェスはね。
上場企業にしては、調査が簡単でしたよ。

過去に、会長の大井川秀樹に、外部から迎えられた取締役が、多数、辞任で辞めていますから。この連中の人脈を辿るのは簡単で、そこから、色々なバリューフェスのインサーダー情報を調査することは簡単でした。

それを総合すると、このバリューフェスという企業の裸の肢体が、すぐに見えるようになりました。」

柳原の、人を喰ったような顔が見えるような口調に、松木は、電話の向こうから、笑っていった。

「そりゃ、世界最高峰の北の国の、対外情報調査部で鍛えあげたあんたなら、バリューフェスの服を脱がして、まっぱだかに剝ぐことくらい、朝飯前だろうよ。

それで、俺が、一番聞きたいことから、話してくれ。その他のことは、レポートを読むから。」

柳原は、吸ってしまったロングピースを、灰皿に押し付けて、椅子に座りなおした。

「まず、バリューフェスの最大のキーマンは、既に、代表取締役社長の大井川ではないということが、ポイントです。

今のキーマンは、副社長の坂田将という男です。

バリューフェスは、大井川秀樹が創業した会社ですが、過去の市場を通しての資金調達で、今では、大井川の支配株式保有率は、15%まで下がっています。浮動株は、案外少なく、20%程度です。その他の65%が、安定的な機関投資家によって保有されている会社です。

この機関投資家のうち、40%を構成する株主は、既に、次期社長を、坂田だという目論見で動いています。

取締役会のメンバーも、一人を除いて、すでに、坂田を事実上のトップと見て、動いています。よって、バリューフェスの社長が、大井川から坂田に代わるのは、時間の問題だと、機関投資家も、取締役会メンバーも、考えています。」

松木は、大きく頷いた。なるほど、そういうことか、と彼は、既に勘を巡らせていた。
留学をして、ウオール街に来る前に、日本の銀行を出身していた松木は、日本型の大企業の役員の派閥事情は、よく呑み込んでいた。

「それで、その、あんたが、言う、『一人を除く』という役員は、阿部という漢だろう?」

柳原は、うふふ、と笑い声を漏らした。

「よくご存じで。ということは、松木さんが、今、絡んでいるのは、その非主流派の、阿部ということでしょうね?」

松木は、柳原の問をスルーした。

「ちなみに、あんたのことだから、もう、副社長の坂田のことは、しっかり調べてくれたんだろうね?」

柳原は、ふふん、と鼻で笑った。

「坂田は、早稲田大学の卒業。学生時代は、ラグビー部の主将をつとめた男です。
新卒で、当時、ベンチャー企業の雄であった、株式会社バリューフェスに入社。

その最初の上司が、今の取締役の阿部だったんです。阿部が課長の時代です。」

松木は、ゲーミングチェアに身体を深く座りなおした。

「ほう。坂田副社長は、もとは、阿部取締役の部下だったのか?
外資では、部下が上司を追い越してしまうことは、よくある話だが、日本の大企業では珍しいな。バリューフェスというのは、相当な実力本位の会社なんだな。」

柳原の説明が続く。

「そのくらい、坂田は、出来筋の漢だったんでしょう。

彼は、今、飴と鞭を使い分けながら、バリューフェスのすべての部署へのマネジメントを、掌握しているようです。経済界でも、早稲田大学時代に、ラグビー部の主将として、目立っていた坂田は、上場企業の中の早稲田閥の人脈が広く、特に、大株主工作も、なかなかうまいようです。

坂田自身は、ほとんど、バリューフェスの株式を持っていないのですが、大株主の機関投資家も、大井川よりも、坂田に、今後の価値を見出していますね。

そうなると、大井川としては、面白くない。そこで、ドメスティックな国内営業畑で来た、坂田が弱い海外事業に目をつけたんです。

そこで、最近のトピックとなるんですが、大井川は、自分の一人息子を、海外事業部門に入社させて、そこの責任者の阿部に、息子を預けたんだそうですよ。

まあ、バリューフェスを一代にして築き上げた大井川にとっては、このままいけば、坂田に、自分が一代で築き上げたバリューフェスを持っていかれてしまうわけで、その対抗馬として、阿部を位置づけ、海外事業部門を作ったという噂です。」

松木は、大きく頷いた。

バリューフェスという会社の、海外事業部のパズルが、柳原の報告で、松木のアタマの中で、大きく埋まり始めた。

なるほど、バリューフェスの海外事業というのは、着々と次期社長への基盤を固める坂田に対抗するための、大井川の「手駒」だったというわけだ。

大井川にとってみれば、海外事業部は、坂田に対抗するため、大井川の息子に実績を作らせるための道具だと考えればよい。それだから、短期的なProjectAにしか、阿部が興味を持ってこないことには、納得がいく。

プライム上場企業たる、バリューフェスの将来を担う海外事業が、取締役会の中の、次期社長候補の政治によって利用されているだけだという。

何と、馬鹿らしい話しだ。

大井川の息子というのも、松木の提案を山之辺に引っ張り出さて利用し、阿部が実績を作らせてやらねばならないほどの、「バカ息子」だということだろう。

しかしながら、そんなチンケな話に、山之辺が踊らされているのか?

わざわざ、住宅最大手の積山ホームの出世コースからはずれて、行ったところが、くだらない、役員同志の権力抗争に踊らされる部署だったということか?

松木は、ゲーミングチェアで伸びをした。

つまらない話だ。

そんな話なら、ProjectAの支援をバリューフェスに行い、コンサル料を高めにふっかけてやる程度の価値しかなさそうに思えた。

「わかった。流石、柳原さんだ。
あとは、レポートを読ませてもらう。

あと、ひとつ、ついでに、調べてくれ。

坂田副社長の、どこかに弱点がないかどうか。

なかなか、やり手の漢で、人付き合いが上手く、体育会出身だということは、お遊びも、お盛んだろう。

そんな奴なら、女関係のスキャンダルや、愛人に産ませた子供の、一人や二人は、いるだろう。

それを調べておいてほしい。

あんたへの送金は、いつもの通り、スイスの俺のプライベートバンク口座から、あんたのプライベートバンク口座へ、今日中に送金する。

あんたは、北のお国へのみかじめ料も、日本への税金も払わずに、好きに使える隠し資金だ。」

柳原との電話を切った松木は、自分のアタマをバリューフェスから、次の案件に切り替えるため、秘書への直通電話の受話器をとった。

フロリダ州 マイアミ

その週末。

松木は、土曜日の早朝の便で、フロリダ州マイアミに飛んだ。そして、マイアミにある、海辺の別荘から、自分のクルーザーでカリブ海に乗り出していた。

松木のクライアントは、世界各国の都市にあった。そのため、松木の業務は、平日には、24時間、止まらない。ニューヨークよりも早く朝があける欧州の企業とのカンファレンスが早朝にあり、その後、アメリカ東海岸の企業、そして、最近、増えてきた西海岸の企業へ。

それが終わるころには、東京・上海・香港・ソウル・シンガポールの、朝があけてくる。

その後に、中東が朝を迎え、そして、欧州に回っていく。

クライアントの時間にあわせたカンファレンスは、永遠に地球の回転とともに、終わることはなかった。

アメリカ合衆国の休日も外国企業は動いており、クリスマスイブでもイスラム圏や日本や中国は動いている。

新年の元日ですら、旧暦を使う中国企業は、稼働を続けているのだ。

そんな、松木にとって、週末だけは、唯一、自分の勉強や身体のトレーニング、そして、いかなる激務の中でも精神を健全に保ち続けるための休暇の時間に使えていた。

松木にとって、クルーザーの上は、ささやかな趣味のひと時であった。

24時間止まることなく稼ぎ続ける利益を、自分のために使う暇がなかった松木が、そのほんの一部を消費して、マイアミにプライベートビーチを買ったのは、その年のはじめだった。

そして、そこに建てた、マイアミの海辺の別荘に、マリーナに委託して管理をしてもらっている大型クルーザー アムジットグランデを停泊させる桟橋をつけて、ここから、大西洋に、船をこぎ出すのが、松木の心の均衡を正常に保たせるための、唯一の趣味だった。

アメリカの大富豪のスーパーリッチたちは、80フィートを超えるメガクルーザーを持つものも少なくなかったが、松木は、日本で取得した、小型船舶1級操縦士の国際ライセンスで、自分が独力で運転できる最大級のサイズである、42フィート船を選んだ。

それでも、世界最高級のクルーザーブランドである、アムジットグランデの新艇は、1階と2階に操縦席を完備する外洋への航海を可能とする仕様になっており、その中に、女性を連れていけるベットルームと、2つのパーティールームを完備していた。

海の荒れに備えて、契約するマリーナのプロのクルーを1名乗船させて、松木は、土曜日の朝から、クルーザーでカリブ海に乗り出した。

アメリカ合衆国本土の最南端に近いマイアミの夏は、照り付ける太陽の光が矢のように身体をさしてくる。空調の効いた2階の操縦席にも、その太陽の光が、容赦なく差し込んでくる。

今日の海は、夏にしては穏やかだった。

きらきらと輝く、カリブの海の波間に、松木は、アムジットグランデをくぐらせながら、エンジンを4000回転まであげて、滑走をしていた。

ふいに、松木のスマートフォンが叫び出した。

松木のスマートフォンは、クライアントのキーマンか、自分の専属秘書、最重要の人物以外、音がでないようになっている。土曜日のオフの時間に、松木のスマートフォンを鳴らすというのは、そのいずれかの人物からの、非常に重大な用件が発生していることの印だった。

松木は、操船をクルーに預け、個室のパーティールームに入り、スマートフォンに応答した。
スマートフォンの表示は、日本の柳原のスマートフォンからだった。

「週末の、プライベートの時間にすみません。
新大久保の柳原です。」

松木は、パーティールームの柔らかいラザーの椅子に深く座りなおした。

「今、カリブの海の上だよ。
この時間に電話をかけてくるということは、坂田に関する最高の情報(ネタ)が手に入ったということだろ?」

「お楽しみのお時間ですから、手早くお話しましょう。
バリューフェスの坂田に関する、プライベートなインサイダー情報を手に入れましたよ。

今、坂田には、若い新しい女ができたところです。

坂田の趣味は「馬」で、馬主になっています。東京競馬場の貴賓室で、自分の馬の疾走を観られる身分なんですけど、その貴賓室に、最近、20代前半の新しい女を伴ってきているという情報をえました。

坂田は、これまで、バリューフェスの営業一筋にたたきあげた、現場あがりの漢ですが、ここにきて、若い女の色香に迷ったようですわ。

この女の素性を調べました。
元は、神楽坂の芸子の半玉です。」

松木は、相好を崩した。
半玉とは、京都でいう舞子の東京での呼び名。つまり、10代の女だ。

松木は、今、月に一度のペースで、日本や香港の仕事を行うため、アジアに飛んでいたが、日本の京都の花街 上七軒の舞子「知子」を、水揚げして囲っていた。京都の舞子は、10代の若い水揚げ前の芸妓をいう。松木が、ひそかに水揚げをしている知子も、18歳の、初々しい乙女であった。

日本に飛んだ時に、京都に通う足跡を柳原につかまれると、知子との密会も、柳原に掴まれかねないという想いが、とっさに、松木のアタマをよぎった。

北朝鮮の情報機関で鍛えあげた柳原は、いつ、クライアントである松木のアキレス腱になりかねない。京都の舞子の「水揚げ」という、日本では「おつ」な遊びも、欧米社会では、若年者の人身売買と見分けがつかない、人権侵害行為として、コンプライアンス違反になりかねないからだ。

カリブ海に、アムジットグランデを浮かべて紺碧の海を愛でるのも、京都で知子の初々しい肉体の隅々まで舌をはわせるのも、独り身の松木の規範意識にとっては、それほど、違いはないように思うのだが、西欧先進国社会の中において活動する松木にとっては、大きな差があるのだ。

「そうか。

坂田も、神楽坂での接待の席で、その若い美人の半玉をみつけて、可愛いお馬さんと同じく、自分で囲って、愛人にしたってわけだ。

ただ、プロの女を愛人にする程度では、日本社会では、羨ましがられることはあれ、批判を受けはしないぜ。欧米と違って、日本の経済界は、そういうことには、非常に甘い。

日本は、プライム上場企業の取締役でも、そんなことをやっているお偉方は、いくらでもいる。

その程度の話は、わざわざ、休日に直接、俺に電話をいれてくるネタではなかろうよ。」

柳原は、その松木の話を、そこで遮った。

「そうじゃないんです。その女は、『元、半玉』。つまり、今はプロじゃないんです。

銀座の花月という料理屋に務めている、アルバイト店員ですわ。この花月という、店、松木さん、心当たりがあるんじゃないですか?」

松木は、花月という店の名前を聞いて、一気に、ラザーの椅子から立ち上がった。

「何?何?何?何?

銀座の花月!

それは、山之辺伸弥がオーナーをやっている店じゃないか?

積山ホームのトップセールスだった山之辺が、バリューフェスに転職する条件として、バリューフェスに副業を認めさせ、投資している料理屋だ!

山之辺から、今度、日本へ来たら、ぜひ、寄ってほしいと、先日、言われた店だ。」

柳原は、我が意をえたりという声を電話の向こう側で発している。

「そう。

私もね、バリューフェスの案件に松木さんが、どういう風に関りを持ったのか、という下調査もさせていただいたんですわ。

松木さんが、日本の銀行のエリートコンサルだった時に、目をかけたのが、銀行の系列企業だった、積山ホームの山之辺伸弥。その山之辺が、バリューフェスの海外事業のキーマンとして、阿部にヘッドハンティングされて、松木さんと、バリューフェスがつながったことも、私にも、調べがついているんです。

その山之辺が、銀座のトップホステスの姉と共同経営で営んでいるというのが、花月ですよ。

そこに、神楽坂の半玉を引き抜いて入れ、それを坂田が見初め、山之辺が坂田に、この女を提供したということでしょう。

一介の会社員が、副業で銀座で料亭を堂々と経営し、そこに引き抜いた、神楽坂の半玉あがりの女を、上場企業の次期社長に提供している、ってことですわ。

大井川が、急速に勢力を伸ばして次期社長に迫る坂田を牽制するため、坂田が弱い海外事業を、劣勢の役員の阿部を使ってまとめさせ、そこに、自分の息子の後継ぎをいれて、実績作りに利用する・・・。

そんな話に対して、坂田は、阿部のヘッドハンティングした海外事業のキーマンの山之辺と、裏側で、手を握っているということでしょう。それも、愛人として山之辺の部下を囲っているというのは、相当に密な関係でしょう。

松木さんが繋がっている、この山之辺という漢。とんでもなく、食えない漢だと思うんですわ。

副業で、銀座に料理屋を経営し、そこに入れた神楽坂の半玉を、次期社長の坂田に提供して、同盟するなんざ、普通のサラリーマンにできる技ではありませんからねえ。

バリューフェスの海外事業は、大井川や阿部ではなく、この山之辺によって、操られているということです。大井川なんて、親ばか親父は、自分のバカ息子を跡取りにする工作を打ったつもりが、坂田と山之辺は、裏で、結びついて、その行方を握っていると考えていいわけです。

これは、三国志なみに、面白いと思ったんで、今日は、お電話でご報告したんです。」

投資稼働 指令

柳原からの電話を切った松木は、操縦席に戻ると、クルーに、そこからの操船をしばらく任せることにして、自分は、クルーザーの甲板に備え付けられた、トローリングチェアーに腰をかけた。

マリーン(カジキマグロ)を釣り上げる、ファイティングのために、身体を船に装着することができるトローリングチェアーに座り、前方に開けたカリブの碧海を睨みつけながら、松木のアタマには、戦略が駆け巡っていた。

柳原が齎した情報によれば、大井川が、次期社長へのルートを固めつつある坂田を牽制し、自分の息子を入社させたうえで、坂田のライバルの阿部に息子を預け、その息子の目先の業績を作り出すために利用されていると位置づけていた山之辺が、実は、坂田と裏側で結びついていることを意味していた。

副社長の坂田は、営業力に優れ、大株主や取締役陣を取り込むことに、大井川や阿部よりも長けている人物なのだ。そうだとすれば、坂田は、自分の経験値が不足している海外事業のキーマンを山之辺だと見抜き、阿部がヘッドハンティングしてきた山之辺を、自分の勢力範囲に取り込むべきと計算するのは、しごく自然だ。

阿部が、大井川の息子を引き立てるという近視眼的な戦術に立ちすぎてしまい、戦略的な観点と、部下の掌握を忘れていることは、バリューフェスの長期的な戦略に欠かせない、松木が出したProjectBを捨て、短期の業績と利益だけを生み出すProjectAだけに飛びついたことから、よくわかる。

そんな、阿部に、山之辺ほどの漢が、いつまでも付き従っているはずがない。

まして、バリューフェスの社内政治をみれば、既に、阿部が、坂田の派閥から孤立してしまっていることは、すぐに理解できよう。

そして、その阿部が、頼りにしている大井川の息子の実力が、到底、バリューフェスのトップに立てるようなものでない、「張り子の虎」であることから観れば、そんな奴の実績の創出に、自分がいつまでも利用されているほど、山之辺はお人よしではない。

そうなると、坂田と山之辺が結びつく、双方の利害が一致するわけだ。

坂田であれば、ProjectAと、ProjecBが、ともにバリューフェスに長期的な海外事業の繁栄にとって不可欠なことは、すぐに理解するだろう。

松木にとって、重要な戦略は、山之辺を通して、バフューフェスの本丸の経営者である坂田と人脈を繋ぎ、一方で、その坂田に、松木が無視できない力を示していく、その二つの策を進めることだ。

そして、その坂田に対して、松木が無視できない力を示す道は、たったひとつ。

バリューフェスの一定の株式を、松木が握ることだ。
松木が、バリューフェスの株を握ったことを坂田が知ったところで、山之辺を通して、坂田に接触を試みれば、坂田は、必ず、株主である松木の前に挨拶にやってくるはずだ。

松木の行動は、早かった。
即座に、スマートフォンをプッシュした。

電話の先は、スイスのジュネーブ。

永世中立国として、国際間の紛争リスクに最も強く、かつ、永年にわたって、世界の富豪たちのタックスヘイブンとして君臨してきたスイスのプライベートバンクに、松木は、個人の資産をおき、専属のファンドマネージャが、松木の資産を、24時間眠らぬ世界の金融市場の、ポートフォーリオを組んで運用していた。

アメリカ東海岸のフロリダは、ちょうど、正午を回った時刻であったから、ジュネーブのファンドマネージャは、おそらくディナーを、どこかのレストランで楽しんでいる頃だろうと、松木は、踏んだ。

スマートフォンに向かって、松木は、日本人特有の平坦な発音の英語で、話し始めた。

「ディナーの最中に申し訳ない。
投資案件で、依頼がある。

投資先は、日本の東京株式市場。
ターゲットは、プライム市場の、バリューフェス。

東京は、今、真夜中だが、バリューフェスの先週の終値は、1016円だ。
基本的に商いが薄い銘柄で、売り玉があまりでない。株価の変動も小さい銘柄だ。

このターゲットを、第一段階では、株価を引き上げないようにしながら、買い集めてほしい。
資金は、御社の各国の支店に分散させてある、私の個人口座の資金を担保に、信用買いで買い進めてほしい。

第一目標は、バリューフェスの発行済株式の1%を、現状の株価で握ること。

1%まで握ったら、そこで、俺が、ウォール街に、バリューフェスに関する『とっておきの情報』を流す。

そこで、株価が吹き上げ、個人投資家や投機筋の利食い売りが出たところで、その売り玉を徹底的に買い進める。

最終目標は、発行済株式の3%までの掌握だ。
3%を握り、株主総会の招集権と取締役の解任請求権を握ることが投資の最終目標だ。

敵対的M&Aを仕掛けるような動きをするわけではない。あくまでも、最終目標は、3%でいい。

明日、東京株式市場が開いたら、仕手をスタートすること。
よろしく頼む。」

続く

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